天皇陛下の御不例について3日の各紙(web版)は概ね次のように報じている。
<宮内庁は3日、天皇陛下が不整脈のため、4日までのすべての公務を取りやめて休養されると発表した。
宮内庁によると、2週間前に胸部の変調を訴え不整脈と診断された。その後も時折変調があったほか、2日夜からは血圧も上昇した。皇后さまも四日まで公務を取りやめる。天皇陛下は2日、皇后さまと東京都北区の障害者スポーツセンターを訪問。夜も両陛下でコンサートを鑑賞して午後十時前に皇居に戻った。>
記事は、大雑把に「不整脈」としか報じていないが、一口に不整脈といっても、即、命にかかわるものから、まあそこそこ注意深く薬を投与するだけで、ある程度回復するものまでさまざまである。
・早くなる(頻脈:1分間に100以上)
・遅くなる(除脈:1分間に50以下)
・不規則になる(期外収縮:脈が飛ぶ)
ことがある。これをひっくるめて、不整脈と呼んでいる。回数は脈拍となって現れる。こんなとき、自覚症状のない人もいるが、大抵の人は胸に違和感を覚える。と、医師はまず心電図をとる。
大概これで、どんな不整脈なのか見当がつくのだが、中には普通の心電図では、キャッチできない種類のものあるので、24時間連続して心電図をとる方法(ホルター心電図)もある。この検査をすると、心臓の4つの部屋(右心房、左心房、右心室、左心室)のどこがどのような異常を起こしているのか、かなり正確に把握することが出来る。
頻脈の中で、一番多いのが心房細動だ。心房は心臓が拡張したとき血液を吸い込んで溜め込み、心室に送り込む役割を果たすが、この部屋の筋肉がぶるぶると震えて充分な血液を溜め込むときが出来ず、したがって収縮したときに、充分な量の血液を心室に送り込むことが出来ない。結果、心室(左心室)は全身に必要な量の血液を供給できなくなり、違和感を覚える。
「心房細動で、即、死ぬことはない」と言われる。しかし、心房の筋肉が小刻みに振動すると、血栓(血の塊)が出来やすくなる。そしてこの血栓が脳に飛んで血管を詰まらせると脳梗塞になる。あの長嶋茂雄さんはこれで半身不随になった。小渕元首相はこれが原因で亡くなった。侮れない不整脈である。
最悪の不整脈は心室細動だ。高円宮様のケースがこれだった。発症したら分秒を争う。電気ショックかAED(携帯型の体外式除細動器)をしなければ助からない。突然死のかなりの割合がこの不整脈が原因だと言われる。
だから伝えられる、天皇の動向を見ると心室細動ではなさそうだ。しかし、心房細動の可能性は大きい。治療法はまず薬だが有効率は50%程という報告もある。これなら宮内庁病院でも可能かもしれない。
原因を根こそぎやっつける方法はカテーテル・アブレーションだ。カテーテルは「管」、アブレーション(ablation)は「取り除く、切除する」という意味で、日本語の専門用語としては電気焼灼(でんきしょうしゃく)という。
足の付け根から心臓の奥深くまでカテーテルを挿しこんで、不整脈の震源を捜し出し、高周波で焼き切って病根を取り除く治療法だ。心臓内の病巣である心筋(心臓の筋肉)のバーべキュー、聞くだけで恐ろしい治療法だが、不整脈の治療法としてはいま最先端の、根治治療法だと考えられている。
病巣に狙いを定め、ピンポイントで患部を焼灼でき、近年、安全性は飛躍的に向上した。その成功率は、概ね、80パーセント以上。99年度の合併症は心房細動の場合、合併症0.2パーセントというきわめて高い成功率が報告されている(日本心臓ペーシング電気生理学会)。
ほとんどの期外収縮もこれで克服できる。しかし、この治療法は、多分、宮内庁病院では設備的にも、技術的にも無理だろう。
さらに除脈だとすれば、治療の最終兵器はペースメーカーだ。一定の条件で、従来のペースメーカーがさらに進化した埋め込み型除細動器(ICD)も治療法の展望の中に入ってくるかもしれない。
癌とは違って、「ほとんどの心臓病は適切なタイミングで最適の治療を行えば最悪の事態は回避できる」とベテラン循環器内科医は言う。
天皇陛下は23日の誕生日で75歳。政治部記者もそうだが、宮内庁記者も高齢者が取材対象である。いずれの場合も、医学的な基礎知識の有無がいい記事を書けるかどうかを分けることになる。
なお、心房細動については「新潮45」(7月号)に筆者が寄稿している。
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