2637 食の安全学拾遺② 福島香織

■まくらがえらく長くなった。今エントリーは、以前好評だった食の安全学シリーズの落ち穂拾い。メラミン牛乳について、まだまとめていなかったので、のちのちの資料のためにも、この中国近代史で特筆すべき食品安全事件の概要をまとめておこう。この後も長いので、注意してね。
■中国の富国強兵牛乳政策が招いたメラミン禍
牛乳暖めて膜がはったら安全?
■牛乳を温めると、ねっとりした膜ができる。少し生臭い感じがして、子供のころは私はあれがきらいだった。あれは牛乳の表面のタンパク質などがつくる膜で本当は栄養の固まりなんだそうだ。ところで、長く中国に暮らしていたため、あまり意識していなかったが、中国の牛乳はこの膜が出来にくい。
私はこの膜がきらいだったので、膜が出来にくい牛乳は大歓迎。深く考えかえず、ロングライフ牛乳(中国の市場で主流に出回っている完全滅菌牛乳。高温で殺菌するのでカルシウムや栄養成分が損なわれる率が高いらしい)だから、膜が出来にくいのかな、などとかってに思いこんでいた。
■だが、最近、知人から教えてもらったこと。「中国の牛乳はタンパク質成分が少ないから膜ができにくいんだよ。タンパク質成分が少ないのに、メラミンをまぜて、みせかけタンパク質含有量をごまかしている。だから、膜ができないんだ。メラミン牛乳かどうか見極めたいなら、あたためて膜ができるかどうかみればいい」。日本に帰ってきて、スーパーで買った成分無調整の牛乳を温めると、びっくりするくらいこってり膜ができたので、とりあえず日本の牛乳は大丈夫か、と思っている。
■さて、このメラミンとは何か。すでにもう報道されつくされた感があるが、メラミン樹脂としてプラスチック食器などの原料にもつかわれる有機窒素化合物。いっぱんに牛乳や穀物のタンパク質含有量を調べるとき窒素の量をはかる。メラミンは窒素量がタンパク質の3倍なので、たとえばメラミンを1グラム加えるとタンパク質を3グラム加えるのと測定数値上は同じ結果がでる。
■タンパク質量をごまかすためにメラミンを加えるという手口が初めて国際社会に広く知られたのは、米国で発生した「毒ペットフード事件」だった。2007年2月以降、中国から原料(小麦グルテン)を輸入して作られた米国のペットフードを食べた犬が変死するという事件が続発。3月までに500匹のペットが腎不全となり、100匹以上が死亡。米ドッグフードメーカーは3月、大量リコールを行った。
■当初原因がわからなかったが、FDAなどの追跡調査の結果、ドッグフードからメラミンが検出され、死亡したペットの腎臓、尿からもメラミンが検出され、メラミンが原因物質とFDAは発表。病気がメラミンとシアヌル酸の化合物が腎臓に機能障害を起こしている可能性が浮上。。
■しかし、中国側は当初、これを否定。その理由として、中国国内で使用されている小麦グルテンからメラミンが検出された例がないこと、メラミン自体が毒性が低いこと、メラミンの食物添加が法的に禁じられていることなど。しかし、FDAの調査には協力するとした。
■中国側が江蘇省と山東省の製造するペットフード原料に違法にメラミンが添加されていた、と発表したのは5月8日。なんだよ、やっぱり中国側が原因かよ、と国際社会は非難ごうごう。
しかし、中国側は米国メディアが、中国の食品安全問題を不当にあおっているというスタンスをかえることなく、たんに不届きな中国企業が、違法にメラミンを添加した特異な事件ということで片づけてしまった。実は、2006年も天津市の企業がつくったペットフードを食べたペットの死亡が多発するという事件があった。にもかかわらずその原因がメラミンであることを中国当局はきちんとつきとめていなかった。
■ペットフードメラミン添加事件は一部企業による特殊な事件として片づけられていたが、実は、タンパク質含有量のごまかしのためにメラミンを添加するというやり方は、食品業界でかなり普遍的に行われていた。この状況を、中国当局がいったいいつの時点で把握していたかはわからない。そのあたりを取材する前に、帰任命令がでてしまったので。
ただ、五輪前、国際社会が中国の食品安全をやかましくいっているさなか、中国として事実をつかんでいても、公にできず隠蔽した可能性はある。少なくとも、地方政府レベルで事実をつかんでも、「政績」を気にする地方トップは、自らの責任を問われることをいやがって、情報を中央に上げなかった可能性はある。いや、そんなことはない、と当局がいくら言い張っても、ふつう、あれだけ大きなペットフード事件が国外で発生すれば、国内のタンパク質含有食品のメラミン添加を徹底調査するだろう。
それをしない時点で意図的隠蔽を疑われてもしかたない。あるいは壮絶な怠慢体質か。その隠蔽・怠慢体質が29万人以上の赤ん坊に腎臓結石など腎臓障害をもたらし、5万人以上が入院し、11人(因果関係が確認されたのは6人)の死亡が報告された第二のメラミン事件を招いた(衛生省12月1日発表)。三聚氰胺(メラミン)という単語を全国に知らしめた、毒粉ミルク事件である。
■メラミン添加粉ミルクの製造元として最初に企業名があがった三鹿集団(河北省石家荘)は30億元市場ともいわれる粉ミルク市場の18%をしめる業界最大手。調査の結果、最高1㌔あたり2563ミリグラムのメラミンが含まれていた。三鹿はニュージーランドの生協・フォンテラとの合弁企業で、国内では優良食品というイメージがあったが、ここの粉ミルクを飲んだ赤ん坊がつぎつぎ腎臓結石になった。
三鹿集団がこの事件を正式に発表したのは五輪がおわった9月11日。しかし、実際に07年の12月ごろから赤ん坊の腎臓障害報告が三鹿集団に寄せられていた。三鹿集団が石家荘当局に報告したのは五輪開幕直前の8月2日で、石家荘当局が河北省当局に報告したのは9月に入ってからだった。
■「南方週末」記者らは、08年上半期の間に独自にこのネタを調査していた。しかし、党中央宣伝部の圧力によって、この取材はつぶされた、と傳剣鋒記者がブログで暴露していた(このエントリーは削除された)。南方週末の詳細な調査報道が表にでたのは、9月12日であった。三鹿の粉ミルクによって山東省にすむ2歳の日本人の男の子も腎臓結石ができるなど、日本人も健康被害が確認された。
■五輪のために、この事件は発覚がおくれ、その分被害が広がった。しかも、五輪公式サプライヤーであった伊利乳業を含む三大乳業の粉ミルクをふくむ22企業からもことごとくメラミンが検出された。中国の原料乳の多くがメラミン汚染されていることが、あとになって判明。正直、中国でもっとも品質のよいと言われていた伊利のミルクが汚染されていたとしたら、中国に安全なミルクなどないといっても過言ではないと、私は思う。
■伊利などの原料乳や乳製品は日本や海外の食品などにも含まれ、メラミン禍は世界50カ国に影響の与える事件に発展した。この事件は「中国の9・11事件」として、成長産業と期待されていた中国の乳業に壊滅的な打撃を与えた。9・11以降、中国では多くの消費者が牛乳から豆乳に切り替えているという。また、もともと輸入粉ミルクが7割以上の市場をしめていたが、9・11以降の10月はその市場占有が86%以上にのぼり、9月まで市場の29%をしめていた中国製粉ミルクは10月には13%にシェアがせばまり、中国の原料乳価格は35%以上さがった。
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