2638 食の安全学拾遺③ 福島香織

■しかし、なぜ、牛乳にメラミンを混ぜようという発想が、中国の乳業、しかも大手優良合弁企業にもおきたのか。「国家免検」マークがつく品質の保証された商品にまで、メラミン汚染が広がっていたのか。
■この背景には、いびつな富国強兵乳業振興政策があったといえると思う。中国人(漢族)はもともと牛乳および乳製品を飲食する習慣がない。しかし中国はこの30年の間、国策として乳業育成に取り組み始めた。
ひとつは牛乳・乳製品を飲む国民は、体格がよく強靱であり、日本をはじめ、国家が近代化する課程で牛乳を飲む習慣は欠かせない、という思想があった。もうひとつは、内モンゴルなど広大な草原があり、乳牛の大量飼育が可能、という判断。そして、農村など栄養不足の地域で子供や赤ん坊に牛乳・乳製品を飲ませることが、国家の近代化の道と考えるようになった。このあたりの話は、以前のエントリーでも触れている。
■この結果、乳業市場は1990年以降、急速に拡大する。その拡大速度のデータはあとで補足する。その一方、すべての国民、特に農村の子どもたちに牛乳を飲ませる運動を展開しているわけだがら、値段は抑えなければいけない。中国ではもともと酪農の素地がない。あったのは放牧。なのに市場原理に反した政策による急速な市場拡大ゆえ、搾乳もろくにできない農民は乳牛を飼いだす。で、不自然な乳製品の生産が行われるようになっていく。
■たとえば、乳牛は乳腺炎にかかると乳房に抗生物質を打つ。乳牛に抗生物質を打つのは、中国の場合獣医でなくてもできるので、農村の子供がぶっとい注射で、投与量や時間もろくに管理されないまま無造作にぼんぼん牛の乳房に打つ光景は、以前はしごく当たり前。
■そんないい加減な管理の乳牛から搾乳業者が乳をしぼる。その乳牛がいつ抗生物質を打ったとか、お構いなしに乳を搾って一か所に集めるから抗生物質の混じった原料乳ができたりする。
■搾乳業者が、農家から集めた原料乳を乳業企業に売るとき、成分検査が行われる。基準に満たないと、返品される。この返品された原料乳はもったいないから、もういっかい麦芽糊精などをまぜて成分調整して売るのだが、このとき、古くなった原料乳に繁殖した雑菌を殺すために抗生物質をタンクにぶち込む、といった荒っぽいこともすることがある。この業界で10ン年という内部の人にきいた話だから、多少の脚色はあっても、嘘ではないだろう。
■で、このため2005年ごろから、牛乳の抗生物質汚染の問題に当局も神経をとがらすようになった。乳業企業は、原料乳の抗生物質チェックを厳しくするように指示をうける。さらに急速な市場拡大と近年の乳牛飼料の価格高騰で、原料乳コストが急激にあがる。
しかし、乳業企業が売る乳製品の値段は、国策の影響もあるから簡単に値上げできない。だから乳業企業は原料乳を安く買いたたくしかない。農民の方は酪農技術の不足もあってそこまで厳しい水準を満たせる牛乳を低コストで作ることもできない。で、どうするか、と搾乳業者は考える。麦芽糊精をまぜるにしても、麦芽糊精では金がかかりすぎる。なんかよい代替物は?そうだ!メラミンをまぜよう!ということになる。
■メラミンをまぜるアイデアが誰が思いついたのかはわからない。ただ、2005年ごろからすでに、メラミン添加がはじまっていたという情報もある。私がとある業界筋の人からきいた話では、最初は尿素がつかわれていたという。尿素も窒素量が多い。しかし、尿素入りコールドクリームを使っている人なら知っていると思うが、尿素は刺激がある。
で、尿素を原料として作られるメラミン使ってみたら、味も変化ないし、刺激もないし、ばれなかった、ということではないだろうか。ネットでメラミンをまぜるという発案は中国社会科学院の研究者、というデマが流れたが、こういうことを考え付くやつって、けしからん!という怒り以上に、頭いいなあ、と思う庶民もけっこういるのではないか、中国では。
■さて、中国を震撼させたこの、メラミン粉ミルクおよびメラミン牛乳事件を経験して、中国は次のような措置をとっている。
①農業省より、原料乳生産の品質・安全管理の強化指示6ポイントを関係部署に通知。メラミン検査の基準も発表。
②メラミン粉ミルク被害乳児約30万人に対する一次賠償金。(総額40億元、うち政府が26億元負担、残りが問題企業の負担)さらに、被害乳児が18歳になるまでの医療費を保障するため、問題企業が2億元を拠出して基金を設立。
③責任者処分:三鹿集団の所在地・石家庄市の呉顕国書記ら、副書記、市長、副市長のきなみ更迭。三鹿集団の会長はじめ搾乳業者ら32人逮捕。三鹿集団は破産宣告。
■③に関しては、26日から公判が続々と行われている。そこで、業者が麦芽糊精とメラミンを混ぜ合わせたものを「蛋白粉」という製品名で1トンあたり8000元から1万2000元で卸売していたとか、さらにそれをトンあたり500元から2000元の利益を上乗せして三鹿集団に販売していたなど、販売経路などが明らかにされている。三鹿集団の元会長の判決は31日らしいが、死刑の可能性もうわさされている。
■こういった厳しい処分のおかげか、12月末には乳業市場が6割がた回復し、年明けには9割回復するだろう、という中国の証券会社の楽観的な分析などが新聞に出始めている。だが、ものごとの悪い方面を見がちな私の予想では、この種の事件は再び起こると思う。
■それは、業界の構造改革にまで足を踏み入れられていないから。品質管理の強化だけでは、弱い立場の農家、搾乳業者の負担が増えるばかりで、結局、上からの政策をすりぬける対策を考えるヤツがえらい、かしこい、ということになる。品質のよいものを作り続けることが信用となり、それが値段や儲けに反映され、消費者に感謝されるのだという当たり前の商売の法則が、なぜ成り立たないのか、もう少し考えてほしいところである。
■やはり末端の生産農家から、仲買企業が原材料をかき集め、大手ブランド企業に材料を納入するという中国的な産業構造だと安定した品質を保つというのは技術的にも難しいし生産者の誇りも育ちにくい。
また、低コストの圧力が品質にひびいたというのであれば、牛を育てる農民の得る収入と有名ブランド企業トップの収入差が数100倍とか1000倍あったら、おかしいのではないか、という考えも必要かも。そして、価格統制のひずみを末端に押し付ける今の体制も問題視する必要がありそうだ。
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