2697 歳を経てもロバはロバ 平井修一

「僕は二十歳だった。それが人の一生で一番美しい時だなどとは誰にも言わせまい」
ポール・ニザンはこの一行で青年の心をGETし、小生は昭和46(1971)年、二十歳の冬を千葉刑務所で過ごしたのである。
それから38年後、平成21(2009)年1月5日、ハローワークはすさまじい人だかりだった。解雇された人であふれかえっている。小生はポール・ニザン著「アデン・アラビア」を読みながら、自分の順番を待っていた。
老いた元革命家が政府のお慈悲を待っているという、どうみてもこれは「人の一生で一番美しい時」ではないだろう。小生は恥じる。穴があったら入りたい気分である。いかにせん。
ハローワークは熱気むんむん。小生は立ったままで「アデン・アラビア」を読み続ける。二十歳のときの自分、それからほぼ40年後の自分が、ともに「アデン・アラビア」を読んでいる。自問自答する。
20歳「で、失業しながら読み直しているわけ?」
57歳「・・・まあ、そういうこと」
20歳「何で今さらアデン・アラビア? やっぱ、冒頭の一句に釣られた?」
57歳「・・・うん、まあ、そういうことかなあ、ちょっとこの言葉は美しすぎないか?」
20歳「うーん、ちょっと格好よすぎるかも。人を酔わすよね?」
57歳「俺はこれ以上美しい言葉を聞いたことがない。もう一度、特攻したい気分になる」
20歳「特攻って・・・また機動隊へぶつかるの?」
57歳「いやあ、・・・まあ、エスタブリッシュメント、体制というものにぶつかりたい、異議を呈したい、と」
20歳「そのエスタブリッシュメントのなかで40年近く禄を食んで、面白おかしく暮らしてきて、今は失業保険だってもらっているじゃない? 自家撞着でおかしくね?」
57歳「いやあ、お前ずいぶん言うようになったなあ。そう、ただの欲求不満かなあ、太宰じゃないけど“漠然とした”不満というか、まあそんなもんだろうよ」
20歳「読み直して面白い?」
57歳「・・・いやあ、すごい本だよ、最初の一行以外に読むべきところがまったく見つからない。二十歳のときも困惑したが、今も困惑している・・・俺が成長していないのかな」
20歳「精神的な成長は20代で終わり、二十歳でバカなら一生バカという説がある」
57歳「ははは、歳を経てもロバはロバか・・・おっと、順番が来た」
ハローワークからの帰りには駅中スーパーで生のホルモンを求め、博多鍋にしよう。鯨の刺身も買う。今夜も宴会だ。青年死すともロバは死なずか。この際だからバカのついでに定額給付金で温泉へ行くか。同じアホなりゃ踊らにゃ損そん、ってか。美しく生きるのは難しい。
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