2707 医師不足解消は絶望的(下) 石岡荘十

さて、全国的には医師不足問題があることは否定できない。OECDのデータ示すとおりである。
そこで、舛添厚生労働相は、結果的に石原知事の批判を一部受け入れた形で昨年6月、医師の養成数を増やす方針を明らかにした。
計画では、医学部定員を現行の7893人から過去の最大定員の8360人まで増やそうと考えているようだ。しかし、この数字では医師不足は解消できない。そのからくりはこうだ。
明治以降、わが国では一貫して医師不足が叫ばれてきたが、1974年当時の田中角栄内閣が「一県一医大構想」をぶち上げ、79年琉球大学を最後に構想が完成した。
ところがこの頃から今度は「医師過剰」を指摘する声が強くなり、「医療費亡国論」に基づいて84年以降、医学部の定員削減が始まった。
それ以来、厚生労働省は「毎年7700人が医師免許を取得し、退職者を差し引いても年間3500人から4000人の医師が増える計算なので、近い将来、医師は過剰になる」と主張し続けてきた。しかし、いま問題となっている医師不足は、じつは正確には医師の総数ではなく、勤務医不足なのだ。
20代の半ばに医師免許を取得し、しばらくは過酷な病院勤務医を勤めるが、40歳~50歳ぐらいになるとハードな勤務には肉体的についていけなくなり、大きい病院の管理職になるか開業医に転ずる。
これが医師の標準的なキャリアパスである。後は「土日・夜間休診、高額所得」という生活に入る。開業医は勤務医に較べ「仕事は半分、収入は倍」といわれる。そのほとんどが地域の医師会に入り、その三分の一は「欲張り村の村長さん」だと高名な医事評論家が著書の中で酷評したことがある。
曲がりなりにも医師不足の緩和に貢献してきた70年代新設医科大学の多数の卒業生がそろそろその年代に差し掛かり、これから毎年、大勢の勤務医が辞めていくことになる。
つまり、舛添大臣の医師増員計画では、勤務医を卒業する「開業医適齢期」の医師の数だけが増え、現在、勤務医として土日・夜間を問わず24時間、高度な先端医療を担うことを期待されている医師の数は、一向に増えない計算になるのである。
アメリカに較べコメディカルは四分の一ということもあって、日本の若い世代の医師は週平均80時間もの過酷な勤務を強いられているという。欧米医師の平均労働時間の倍である。
「皆さんの家族が外科手術を受けるとき、担当医は(徹夜の)当直明けかもしれないのです。これは明らかに危険です」と上准教授は問いかけている。
では、医学部定員をどの程度積み上げれば医師、勤務医不足を解消できるのか。上准教授の提案はこうだ。
医師養成の定員の50%増を目指す。具体的には、10年間、毎年400人ずつ増やしていく。こうすれば患者の数がピークになると推測される2030年には1万2000人の若者が医学部を卒業する計算になるから、中高年の医師8000人が開業医に転じても、差し引き4000人の勤務医が増えることとなる。その後は定員を減らしていけばいい。
現在と比較してピーク時(2018~2025年)の医学生は2万4000人増えるから、医師養成のための公的負担は、学生一人当たりの交付金を平均788万円(現在)として、合計1800億円ほど、と計算している。
が、目先の選挙対策費(?)2兆円のほんの一部で済む。しかし、ムダ金をばら撒く猿智恵は働いても、10年先、20年先の医療改革を立案する発想が厚生官僚にあるとは思えないし、まして今の政治家に期待するのは無理というものだ。
国民的なコンセンサスをとり付けようにも、マスコミはこの問題に関しては冷静な提案をほとんどしていない。国民に正確な情報が提供されているとはとてもいえない。だから、医師不足解消は絶望的だ、と私は思う。
それだけではない。日本の医療が抱える問題は、医師の偏在もある。大都市と過疎地の間の医療格差は、既に取り返しの付かない崩壊の淵にある。
なお、上准教授の論文は下記。
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report22_1366.html
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