脚本家の内館牧子さん(60)が先月6日、心臓弁膜症の手術を受け療養していることをあるメルマガ(「頂門の一針」)で知った。
内館さんは岩手・盛岡市で上演された盛岡文士劇に出演後に体調を崩し、救急車で同市内の病院に搬送され緊急手術を受けた。
術後は回復に向かっているが、現在も入院中で長期療養が必要な状況だという。この記事を見て思い出したのは、橋本龍太郎元首相のケースである。
橋本さんは06年6月4日、猛烈な腹痛を訴えて入院。翌日、大腸の大半と小腸の一部を摘出する手術を受けたが、7月1日死去。68歳だった。
死亡原因は「腸管虚血を原因とする敗血性ショックによる多臓器不全」。「腸管虚血」は腸に十分な血液が回らなかったという意味だが、じつは橋本元首相には、心臓疾患の既往があった。
02年2月(死亡の4年前)、今回の内館さんと同じ「急性僧帽弁閉鎖不全」で入院していた。
僧帽弁は肺から受け取った新鮮な血液をいっぱいに溜め込む左心房と、ここから送り出された血液を全身に送り出す左心室との間にある。
ところがこの弁を支える腱の不具合で、弁がうまく閉まらなくなり、いったん送り出した血液が逆流する。専門的には「僧帽弁閉鎖不全」という。
この場合の治療法としては、心臓を切り開き僧帽弁を切り取って人工の機械弁か、豚の弁を加工したブタ弁に置き換える。または弁を切り取らず形成手術をするなどの方法がある。
橋本さんは人工弁に置き換える手術を受け手術は成功と発表された。だが、専門誌は「心臓に疾患があって人工弁を入れた人は、特に心房細動を起こしやすい」と指摘している。
つまり、このケースも、もともと死亡原因は「循環器心臓血管疾患」であり、心臓手術後、心房の中でできた血栓が腸の動脈に飛んで詰まったのではないか、と考えられている。
正確な病名は、「上腸間膜動脈塞栓症」。上腸間膜動脈は腹部大動脈から枝分かれした動脈血管のことで、小腸や大腸に血液を供給しているが、ここが詰まった。その原因として専門誌は、
・心原性の血栓が遊離して塞栓する
・慢性的な動脈硬化による狭窄から血栓が形成され閉塞する この二つが考えられるとしている。
「心原性」というのは、「心臓の不具合が原因で—」ということだ。つまり、心房細動などの不整脈で出来た結構大きな血の塊が血液の流れに乗って腸の動脈に詰まる(塞栓)か、動脈硬化のために腸の動脈自体の壁にコレステロールなどが沈着し、血管が詰まってしまう(閉塞)二つの原因が考えられるが、後者のケースは日本では比較的数が少ないとされている。となると容疑者は弁置換手術後の不整脈、心房細動ということになる。
心臓には4つの弁(三尖弁、肺動脈弁、僧帽弁、大動脈弁)があるが、橋本さんのような僧帽弁と、全身に血液を送り出す心臓の最後の扉とでもいうべき大動脈弁のどちらか、または2つが一度に不具合を起こすケースがほとんどで、2つ同時に手術する人もいる。
内館さんは「昨年の春、軽い心臓の疾患が見つかり、以来定期的に検診を受けていた」と報じられていることから推測すると、1つ、または2つの弁に異常があった。
そのころから、動悸や息切れ、疲れやすい、胸痛、呼吸困難などの症状が出ていた。それでもなめてかかった。その結果が、緊急手術となったに違いない。
手術は、橋本元首相ケースと同じように、成功したと報じられているが、いくら心臓のパーツの一部分である弁を取り換えても、術後、今度は多くの人が不整脈に悩まされる。
とくに心臓の4つの部屋の一つ、心房の筋肉がぶるぶる震える心房細動が出やすくなるから、警戒を怠ってはならない。
心房細動で「トタで死ぬ」ことはないが、あの長嶋さんがそうだったように、心房細動で出来た血栓(血の塊)が脳に飛んで脳梗塞に襲われ、余生をリハビリで過ごすことになる人は少なくない。
私は10年前、大動脈弁を切り取り、チタンとカーボンで出来た人工弁に置き換える手術を経験しているが、案の定、術後さんざん悪女のような心房細動に付きまとわれ、通算3回、のべ60日の入院・治療を経て、やっと今日の小康状態を保っている。
内館さんも、退院後、多くの術後患者がそうであるように、また胸苦しくなるようなことがあるかもしれない。団塊世代は心臓病の予備軍なのだからよくあることだ。早めに腕利きの専門医に相談し、適切な治療を受け、末永く毒舌を振るわれるようお祈りする。
かりそめにも、「朝青龍が五寸釘を打っている」などと思い違いをしてはならない。
杜父魚ブログの全記事・索引リスト
2759 心房細動が心配な心臓弁手術 石岡荘十

コメント