福島香織さんの「食の安全学拾遺②」で少なからずショックを受けている。わが家の朝はパン食。それも前夜に私が焼く自家製のパンだが、ささやかな贅沢ということで干し葡萄入り。スーパーに行けば安価な干し葡萄をいくらでも売っている。
中国産だと分かっているが、冷凍ギョウザとは違うから安心して使っていた。日本だって怪しげな加工品が時折、摘発されている。あまり神経質になっていたら、食べるものがなくなると、そこは大雑把な性格だから深くは考えずにいた。
だいいち、葡萄を干しただけの”干し葡萄”。悪さの仕様がないと単純に考えていた。しかし福島さんのブログによると「促乾剤」を使ってつくるという。大量に干し葡萄を生産するための製法というから、ひょっとしたら日本でも同じ製法が使われているのかもしれない。
「促乾剤」が人体にどんな影響を及ぼすか、いまひとつ分からないが、何となく気味が悪いので、今夜からわが家で焼くパンは干し葡萄なしの普通のパンになった。
もうひとつ。自家製のパンは四日も置くとカビが生える。夫婦二人だけだから、だいたい二日で食べてしまうが、時にはスーパーの食パンを買うこともある。
これは一週間たってもカビが生えない。人体に影響ない防腐剤が入っているのではないか。これも気にしていたら切りがない。人間の身体は毒に対しても強く出来ていると高をくくっているのだが・・・。
■昨年の今ごろ発覚した中国河北省の天洋食品のメタミドホス・ギョーザ事件の犯人が未だ絞り切れてないらしい。昨年秋から容疑者を拘束しても厳し取り調べをしているそうだが、「中国で(メタミドホス)混入した可能性はきわめて低い」と公安当局者が堂々と記者会見していた頃を考えると、すばらしい進展ともいえるが、決定的証拠もつかめておらず、自供も得られていないとは、泣く子も黙る鬼の中国公安らしからぬ。そんなに冤罪をおそれて慎重な取り調べをするお国がらだったけ(失礼)。
■最近では、回収した天洋食品ギョーザをもったいないからといって、河北省内の国有企業に大量に横流しして、4人だとか6人だとか中毒者を出した事実もあきらかになった。やることが本当に中国的だ、とあきれ声をあげたら、友人がすかざず、日本の事故米・汚染米の流通問題と同じじゃない?、とぽつり。確かに、日本も中国の事件を他人ごとと思えなくなってきた。
■もし、私が学生だったら夏休みとか利用して、農家などにバイトにいきたい。そこで自分たちの食べているものが、果たしてどんな風に作られているのが、自分の目で確かめてみたいものだ、と最近強く思う。取材にいって、短時間、相手の話を聞くだけでは、なかなか隠していることまではわからないが、一ヶ月住み込みで手伝いにいけば、だいたいその業界のウラも察しがつく。
■話題は中国の食品安全にもどる。食の安全学拾遺シリーズは、元北京特派員が字にできなかった中国の食の安全問題を落ち穂拾いするコーナー。今回のテーマは、干し葡萄。新疆名物の干し葡萄は私の好物。ひとりでビニール袋一杯、平らげることも珍しくない。カロリーは高いが、「トルファンの太陽と風が育てた健康食品」とかいう宣伝文句を真にうけて、干し葡萄食べていたら健康になる、といった思いこみもある。ところが、この干し葡萄があやしい。なぜ、そんなことが言えるのか。それは私のとある知人(日本人学生)がトルファンの干し葡萄農家に一夏、ホームスティして、その製造現場をつぶさに見ていたからだ。
■その知人は、2008年夏、トルファン在住のウイグル族の友人のところにホームスティしたという。そこの稼業は代々の干し葡萄農家。泊めてもらったお礼に、葡萄の収穫や干し葡萄作りを手伝わせてもらったという。
■その知人とは、普通のウイグル族の漢族や北京五輪に対する思い、ウイグル族に対する宗教弾圧の実体などを教えてもらう予定で一緒にご飯をたべたのだが、そのとき、「新疆の干し葡萄のほとんどは、今は促乾剤を使ってつくるそうです。でも、その促乾剤って何なのかわかりません。福島さん、そういうのくわしいでしょう?教えてください」という話になった。
■透き通る緑の宝石のように美しい種なし葡萄からつくった小粒の干しぶどうは、トルファンの名物。蜂蜜のようにねっとり甘く、口に含めば貴腐ワインのような芳香がひろがる。意外にお酒のおつまみにあう。新疆ウイグル自治区に旅行にいけば、まちがいなくおみやげリストの筆頭だ。食べるときはホコリをさっと洗う程度でたべている。干し葡萄が水でふやけたら、おいしくないではないか。かの地の風に吹かれているうちに、たとえ農薬を使っていても飛んで消えるだろう、と思っていた。
■しかし、知人は言う。「葡萄農家の友人は、町で売っている干し葡萄たべちゃダメだというんです。町で売るための干し葡萄は促乾剤を使っていて、体に悪い、と。オレの家では家族が食べる分用にちゃんと伝統的手法でつくった干し葡萄があるから、こっちを食べろ、と」
■知人によると、干し葡萄の造り方は、①葡萄を収穫する。②葡萄を促乾剤につける。③レンガ造りの干し葡萄小屋に干す。それだけ。あれ、干し葡萄収穫したあとは洗わないのか、へ~。ネットの専門サイトで調べると、最後に硫黄燻蒸で仕上げる場合もある。これは殺菌と発色が目的だ。
■促乾剤に1分ほどつけたあと、日干しレンガの風通しのよい部屋につるして干すと10~15日で干し葡萄が完成する。促乾剤を使わない場合は30~45日かかるので、製造時間が3分の1から半分に短縮できる。「でも、この促乾剤、粉末を水で溶いてつくるんですけど、白濁していて刺激臭がするんです。普通は1分ぐらいつけて引き上げるんですけど、うっかりしてつける時間をオーバーすると、葡萄が真っ黒に変色して、捨てるしかないんです」と知人。
■聞くからに、なんか体に悪そう。促乾剤には2種類あって、葡萄の色を暗褐色に変えるものもある。干し葡萄の色は、乾す時間の長短によってかわるそうで、乾いた風で短時間で干しあげたものは色が本来の葡萄の緑に近く、干し上がるのに時間がかかるほど色が濃くなるそうだ。葡萄の種類が違う場合もある。それを、薬でわざと色を変色させるのだそうだ。
■さて、この促乾剤とはなにか。
中国の食品技術市場サイトには次のように説明されていた。
「1994年新疆科学技術進歩2等賞を受賞。1996年国家発明4等賞を受賞。干し葡萄、干しクコをつくるさいに使われる。白い粉末で、国際市場の同類の商品よりも使い方が簡単、安価。15㍑の水に350㌘をとかし、300~400キロの葡萄に使用。
安全無毒で副作用なし。伝統的な乾燥法に比べると時間を半分に短縮でき、品質も1~2級アップできる。トルファン、ハミなどで積極的に使われている。甘粛省敦煌、内モンゴルでも使われ、高品質干し葡萄の生産を順調たらしめている…」
■安全無毒副作用なしって、何を根拠に…?しかも、成分表がついてません。で、別の企業サイトをみると、成分表があった。促乾剤とは動植物性油脂5~12%、エタノール1・5~8%、アルカリ金属水酸化物1~4%、のこりアルカリ金属炭酸塩と成分表示があって次のように作用が説明されている。
「エタノールが媒介となってアルカリ金属水酸化物が動植物油脂鹸化し、脂肪酸塩とグリセリンを含んだ鹸化液となってアルカリ金属炭酸塩とまざって製剤となる」
■さらに別の企業の製品の成分表では、「水酸化ナトリウム1・2~3・5%、炭酸ナトリウム65~85%、、食用油8・、16~11・8%、ミョウバン0・5%、乳化剤」。
■水酸化ナトリウムは吸湿作用があるから、乾燥を促進するのか。だれか化学に強い人、時間があるときに、なぜこれらの薬品が促乾剤になるのか、詳しく教えてほしい。
■しかし気になるのは、いずれの企業も「食べても安全」と太鼓判を押している点である。促乾剤とは石鹸のようなものに思えるのだが、石鹸は食べられるのか。確かに馬油石鹸のように、食べても安心!を売り言葉にしている石鹸、というのはある。動植物性油脂が原料なら、確かに食べてもよさそうだが、中国の場合、食用油ですら、「下水溝油」といわれる廃油の再利用製品が市場に出回っているくらいだから、すごく不安。
■100歩ゆずって、食用油・動植物性油脂が食べられるものだとして、水酸化ナトリウムは一応、劇物指定では? 昔は日本も、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)を食品添加物に認めていた時代があったが、今はたとえ、製造用剤として使われても、完成前に中和して除去する工程がなければならない。また、アルカリ金属水酸化物って、食べられるのだろうか。やっぱり日本だったら「食品添加を禁ず」となるんではないだろうか。毒ではないかもしれないが、体にものすごくいい、というものではないだろう。
■この促乾剤の発明は、新疆の干し葡萄製造の革命、と業界関係者に絶賛され、当局も積極的に使うべし、と宣伝している。それまで干し葡萄は、時間がかかり、生産量が非常にすくなかった。ちんたらやっているうちに、畑で葡萄が収穫される前に朽ちてしまうこともあった。促乾剤を使うことにより、干し葡萄製造・出荷がスピードアップされ、農家は葡萄作付け面積を増やすことが可能となり、全体の生産量は増えたという。トルファン市農業局のリポートによれば、1990年初め、トルファンの葡萄作付け面積は20万ムー(1ムー=6・67アール)。年間葡萄生産量は5万㌧。しかし2002年時点では43万ムー、50万㌧の生産量となる。
■ちなみに干し葡萄は、フレッシュな葡萄の6~7分の1の重量になる。農家は、質や時期にもよるだろうが、その干し葡萄1キロ10元前後で卸すという。干し葡萄製造の工程はほとんどすべて手作業。すごく大変な仕事なのにこの安さ。
■私は干し葡萄のオーソドックスな造り方、というものを知らない。この促乾剤のようなものを使うやり方は、他国にもあるようだ。この程度の添加物なら許容範囲なのかもしれないし、促乾剤を使う干し葡萄が安全でない、というつもりもない。ただ、トルファンはの干し葡萄というのは、つい数十年前まで、完全に自然陰干し乾燥で作られてきた完璧かつ理想的なスローフードだった。アメリカのレーズンや日本の干し柿みたいに硫黄燻蒸の工程すら本来はなかったと聞いている。
■それを、「促乾剤を使えば生産時間が短縮でき品質も向上できた。新疆の干し葡萄の革命」と考えて、伝統的な造り方をすっかり変えてしまうのが私には理解できないし、なんかもったいないと思う。これほど、オーガニック食品ブームだというのに、どう考えても時代の潮流に反している。日本は、干し柿の硫黄燻蒸ですら最近はやらない生産業者が増えている。
■生産に時間がかかり、一度に沢山作れないが、多くの消費者が欲しと思う高品質の商品であれば、値段があがる。100%手作り、無添加の商品というのは、今の食品安全意識の高まりの中、高品質のひとつの指標だ。促乾剤の使用は、生産量を増やしたことになるかもしれないが、生産者にとっては、労働量は増えたし(作付け面積が増えたから)、促乾剤を買うためコスト増だし、生産量増で卸値が上がらないとしたら、実はそんなにプラスにはなっていないのではないか。
■知人は昨年夏、ウイグルの家族と寝食を共にし、一緒にその大変な葡萄の収穫と干し葡萄作りに参加した経験をこんな風にふりかえっている。「こんなに一生懸命働いても、干し葡萄は仲買人に安く買いたたかれ、ろくな収入にならない。彼らは自分たちが搾取されていると感じている。彼らとの会話は、いつも漢族の悪口になってしまうが、ウイグル族は安価で重労働をするのに、漢族の商売人は彼らが安価に生産した商品を高く売ってもうけている、という不満もありそうだ」。だからウイグル族の生産者は、漢族の観光旅行者が買う「トルファンの干し葡萄」にどんな食品添加物が使われているか一向に気にしない。でも、葡萄の収穫を手伝ってくれた大切な友達の日本人には、町で干し葡萄を買うな、と親切な忠告をするのである。
■中国では、豚肉の赤みを増す大発明と絶賛された「痩肉精」が実は、肉に残留して、それを食べた者が中毒を起こす危険な食品添加物であったことが今は判明して、使用禁止となっている。高価なグリセリンに変わる安価な代替物として発明されたTDグリセリンが、パナマの咳止めシロップ原料に使われた結果、大量の死者を出した事件もあった。品質の悪い生乳のタンパク質を増やすというふれこみの発明品「蛋白粉」は、それが添加された粉ミルクを飲んだ赤ん坊の腎臓結石を引き起こして、それを製造・販売していたやつらは死刑判決を受けている。生産の合理性をうたった中国の食品添加物の「発明品」は過去、問題を起こすことがしばしばあった。
■「促乾剤」は発明されて10年以上たっており、目下問題がおきていないし、安全だと太鼓判を押されているところをみると、「痩肉精」のような危険な問題食品添加物とは違うのだろう。が、それでも食品製造に対する価値観、姿勢、安全面より目の前の底の浅い利益を追求するという発想は共通している。
■あいつぐ食品安全問題の本当の原因は、消費者を思いやらず、生産者を大切にせず、目先の利益ばかりを追求するような仲介業者の価値観の押し付けがあるのではないだろうか。その背景には、中国の末端生産者が小規模農業経営者ばかりで、その生産者利益を守る構造がなにもなく、消費者が無知だという産業構造もありそうだ。
■ウイグル族は本来、お金儲けに腐心するより、適度に働き時間があれば歌を歌い踊りをおどることを好む陽気な人たち。そういう人たちが、シルクロードの宝石とよばれるオアシスの町トルファンで、風まかせ天気まかせでゆっくり作り上げた何の手も加えられていない干し葡萄。だからこそ、世界中の人々がトルファンの干し葡萄にロマンを感じ、珍重し、少々値段が高くても買いたいと思う。食品の安全性とは、じつはそういう生産地の風土、気候、その土地の生産者の伝統、文化を尊重するということも重要な要素だと思うのだ。なぜなら、何百年も何千年もその土地にはぐくまれてきて、消費者に愛されてきた食べ物は、必ず安全なのだから。
■まず生産地、生産者に思いをはせよ。表面的な合理化が果たしてその土地、生産者の価値観や文化、伝統にふさわしいのか。そうすれば、生産者も消費者に思いをはせながら、誇りをもってその土地で農産物や食品をつくり、売るようになるのではないだろうか。そういう視点は、実はどこ国の食品安全を考える上でも大切ではないだろうか。同じ視点で、中国のことだけでなく我が国のことも振り返ってみたい。
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2794 食の安全学拾遺② 福島香織

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