櫻井 ソマリア沖に横行する海賊退治に国際社会が力を結集しつつあります。中国は昨年暮れに軍艦2隻と補給艦を合わせた3隻の派遣を決め、すでに「大国」としての働きを開始しています。韓国も軍艦の派遣を決めました。他方、日本は3月末あたりを目処に海上自衛隊を送りたいと議論しています。
そこで、民主党副代表で、安全保障の専門家でもいらっしゃる前原さんにお伺いします。3年9カ月、駐日米国大使を務めたシーファー大使が1月14日に行った離任前の会見で、「海賊は犯罪者だ。日本が海賊から自国民を護る決断を下すのに、なぜこれほど長い時間が掛かるのか、理解できない」と、語りました。
憲法9条をはじめ、日本の特殊事情について理解の深かった大使が、今回、率直に理解できないと批判した。それほど日本の対応は鈍く、まさに理解を超えるものではないでしょうか。
前原 ソマリアの海賊に関しては、すでに3本の国連決議が全会一致で行われています。日本も賛成したこれらの決議を前提として、特別措置法を作り、早急に海上自衛隊を送ることを考えるべきです。
しかし、今、政府が進めているように、自衛隊法82条の「海上警備行動」を根拠にして、海自を派遣することには、慎重にならざるを得ません。それは、海警行動は、警察官職務執行法の準用でしかないことが第一点。
また、自衛隊法82条は、日本周辺で海上保安庁が対応できないときに、海自にバトンタッチするというのが本来の趣旨でした。ソマリア、つまり海外まで出かけて、日本の商船を守るということが前提になっていないのです。違法ではないが、根拠があやふやなものになっている。
櫻井 海警行動では、海上自衛隊の手足を縛って派遣することであり、期待される任務は到底、果たせないでしょう。
前原 無理ですね。憲法解釈で日本がやってはいけないことに、海外での武力行使があります。これまでのPKOやテロ特措法のときも常に、この点がネックとなってきました。具体的に説明すると、海上自衛隊の護衛艦は警察官職務執行法を準用するため、ソマリア沖で、正当防衛か緊急避難か、もう一つ、まさに笑い話ですが、相手が禁錮3年以上の罪を犯している場合に限り、撃っても構わないとされています。
しかし、その場合でさえ、武器使用では「比例原則」を守らなければなりません。相手の武器と同程度の武器しか使用してはならないというものです。
櫻井 海賊のような犯罪者集団に対しても、圧倒的な火力は使用できず、しかも原則、人的被害は出してはならないとされていますね。
前原 ですから、海賊船の船体を攻撃しても、撃沈させてはならないわけです。人的被害が生じますから。そもそも、護衛艦と海賊の乗る船では、戦闘力や防御力に大差があります。彼らはロケットランチャーなどで武装しているのが常ですが、武器の比例原則でこちらも同程度の武器で反撃した場合、向こうの船が爆発したり、沈没することは十分に考えられます。これは本当に憲法の禁止する武力行使に当たらないのか、という懸念がまずあります。
また日本には軍法裁判所がありませんから、その自衛官が後に過失に、つまり刑事罰に問われることはないのか、という点も整理されていません。こんな曖昧な形で任務を遂行するのでは、攻撃や危険に対して咄嗟の判断はとても出来ません。却って、こちらに被害が出るかもしれません。
櫻井 これでは日本の船でも十分に守ることが難しいかもしれません。中国はすでに台湾の船も守っています。日本の船も中国の軍艦に守ってもらうような事態に陥らないとも限りません。まさに、日本が中国の被保護国になり、日中の関係が完全に中国優位になることです。太平洋分割統治をアメリカにもちかけた中国にとっては、好都合でしょうが、日本にとっては受け入れ難いことです。
護衛対象外は救助不能
櫻井 99年、能登半島沖に侵入した北朝鮮の工作船に対して、海警行動が発令されました。しかし、彼らは日本側が攻撃を仕掛けることは出来ないと知っていて、ひたすら逃げました。一隻がエンジンの故障で停まってしまったのに、日本側は手が出せなかった。自分たちが攻撃しなければ、日本側は本当に撃ってこれないと知られてしまえば、敵は必ず逃げ切ります。
また、ソマリア沖に派遣された場合、海自が護り得る対象は、日本船籍の船や日本の貨物を積んでいる船などに限られると言われています。外国の船が襲われている場面に遭遇しても、海上警備行動という国内法に縛られれば、ただ見ているしかない。これでは、恨まれ、侮られます。
前原 確かに海警行動で派遣された場合は、助けることはできません。おそらく、浜田靖一防衛相は、その辺をギリギリ議論しているのだと思います。外国船の近くにたまたま日本の船がいた場合は、それを護るという名目で、海賊船が他国の船にアプローチするのを妨害するとか……。そういう想定を色々、やっているはずです。しかし、そういう名目も立たない場合、自分たちの任務ではないということにならざるを得ないでしょう。
櫻井 もしそんな事態が起きたら、国際社会の日本に対する反発は想像もできません。第一次湾岸戦争のとき、お金しか出さなかった日本にクウェートは感謝をしませんでした。それでもあのとき、日本は現場にいなかった。今度は目の前にいるにも拘らず、手助けしないことになります。囂々たる非難が巻き起こるでしょう。
ところが、麻生総理は、ここまで手足を縛られている「海上警備行動」について尋ねられたとき、軍艦に向かってくるような海賊船はいないでしょう、と言っています。そのような認識で海自は出されるのか。
前原 その通りです。実際、00年の10月、アデン湾でアメリカのイージス艦に対して自爆テロのゴムボートが突っ込み、大爆発したという事件もありました。ですから、ソマリア沖で自爆テロが起きないとは、断言できないのです。
櫻井 海自の船もその対象になるかもしれません。護衛艦が存在するだけで、周辺の海域が安全に護られるのだという認識では甘いのです。形だけの軍事力ではなく、実際に防御できる実効性ある軍事力にしなければならないと強く思います。
前原 警察官職務執行法に基づく武器使用基準で、本当によいのかという点は、自衛隊で長く検討されていますが、未だにネックとして存在しているわけです。この問題を解決するために、憲法改正というのでは、あまりにも時間が掛かりすぎるため、安倍元総理は、在任中、4つの類型を憲法解釈によってクリアさせようと、有識者会議を作りました。
アメリカを攻撃する弾道ミサイルを日本が撃ち落とせるのか、とか、公海上で海自の艦船と併走する米軍の艦船が攻撃された場合、自衛隊が防護してよいか。イラク復興支援のようなケースで他国軍が攻撃された場合、自衛隊が駆けつけて警護できるか、という類型も含まれていました。せめて安倍さんがそれをやってから辞めてくれれば良かったのですが、有識者会議が集団的自衛権の行使を容認する報告書を提出したのは、安倍総理の辞任後、福田総理のときでした。
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2829 武器制限のソマリア派遣?(1) 桜井よしこ

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