悪質コメントの大量摘発事件は、さまざまな波紋を呼んでいるが、7日付の1面コラム・・・朝日「天声人語」、日経「春秋」は興味深い。いずれも、ネット社会の実態を別の角度からえぐっている。
参考までに、以下、勝手に引用。
【朝日・天声人語】
パリの裏通りを歩くと、たまにクラクションの合奏に出くわす。渋滞の源である配送車に、後続の車が遠慮がちに鳴らした一発。それがたちまち長い長い一斉射撃に転じ、荷下ろしの配達員をせかすのだ。「奏者」不詳の匿名性が、気と音を大きくする
▼インターネットでの中傷被害が絶えない。匿名に乗じて、小心者が振り回す言葉の暴力だ。巨大掲示板での雑言は、例えれば公園で怒鳴り散らすのたぐい、ブログへの悪態は民家に土足で乗り込む挙だろう
▼男性芸人が殺人事件に関与したというデタラメな情報をもとに、芸人のブログに「殺す」などと書き連ねた女が、脅迫の疑いで書類送検された。同じブログで中傷を重ねた17~45歳の男女18人も、名誉棄損の疑いで立件される
▼住所は北海道から九州まで。互いに面識はなかろう。同じ民家で暴れた縁とはいえ、「覆面に黒装束」では男女の別すら分からない。だが書き込みの記録から発信元は割れる。警察がその気になれば、覆面は造作なくはがされる
▼顔が見える集団討論でさえ、意見が次第にとんがり、結論が極端に振れることがある。匿名ゆえに責任感が薄まる場では、安易に同調し、論より情にまかせて過激さを競うような群集心理が働くという(岡崎博之『インターネット怖い話』)
▼自由に発信できるネットにより、善意の輪が広がることもあれば、権力やメディアの所業が問われもする。「情」と「報」の海に紛れる悪意をどう摘むか。もはや言論の裏通りとはいえない存在だけに、交通整理の知恵がいる。
【日経・春秋】
「おりからの強風にあおられて神社の本殿が燃焼し……」。その昔、こんな火事原稿を差し出してデスクに「バカヤロー」と怒鳴られた記者がいたそうだ。「炎上」と書くべきを「燃焼」とやったわけで、新聞社の伝説のたぐいである。
▼誰が言い出したのか知らないが、被害のありさまを見ればこれもたしかに炎上に違いない。ネット空間の特定のブログなどに、たちの悪い批判や中傷が殺到する事態のことだ。お笑いタレントのブログに「殺人犯」「死ね」といった書き込みをしていた男女18人を、警視庁が名誉棄損容疑で書類送検するという。
▼このなかには北海道の女子高生もいれば関西のサラリーマンもいる。年齢も居所もまちまちな、まあ普通の人たちだ。それがデマや風説をきっかけに激しい言葉の暴力を繰り出し、抑えがきかなくなっていく。警察が摘発に乗り出すのは異例中の異例、あちこちで上がる邪悪な火の手に消火はとても追いつかない。
▼うまく操れば便利この上ないのに、使い方を一歩誤れば惨禍にもつながる。思えば、ネットという道具は人類がかつて得た「火」と似ている。ならばそれを扱うルールとマナーを、家庭で学校で社会で身に付けていくしかない。ブログを炎上させた人たちも、後味の悪さは燃焼もさせられず抱えていることだろう。 以上、引用。
「天声人語」の「交通整理の知恵」、「春秋」がいう「扱うルールとマナー」。いずれも同じことを指摘している。 そこを具体的に考えていきたい。
【参考・5日付産経】
お笑い芸人のスマイリーキクチさん(37)=本名・菊池聡=のブログに「人殺し」などと中傷する書き込みをしたとして、警視庁中野署は5日、17~45歳の男女18人を名誉棄損容疑で近く書類送検する方針を固めた。警察当局が事実無根の誹謗(ひぼう)中傷を繰り返したブログ閲覧者を一斉摘発するのは初めてという。
書類送検されるのは札幌市の女子高生(17)、大阪府高槻市の国立大職員の男(45)ら。調べでは、昨年1~10月、ブログに「人殺しが何で芸人やるんだ」「死ね、犯人のくせに」などと中傷する書き込みをした疑い。任意の事情聴取に「殺人犯だと思いこんでしまった」などと供述しているという。
このほか、同12月に「殺してやる」と殺人予告の書き込みをしたとして、川崎市の20代の女が脅迫容疑で書類送検されている。
スマイリーキクチさんは足立区出身。約10年前からインターネットの掲示板で、平成元年に足立区で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件に関与したとの虚偽の書き込みが始まったという。昨年1月に開設されたブログにも計数百件の悪質な書き込みが殺到した。
スマイリーキクチさんは「生活、仕事に影響があるだけでなく、家族らに不安な思いをさせると考え、被害届を出した。今後このような事件が起きないことを願っている」とのコメントを出した。
【産経5日付】
インターネット上の「ブログ」に、閲覧者から批判的な意見や中傷が短期間に殺到する現象は”炎上”と呼ばれる。芸能人やスポーツ選手が標的となることが多く、ブログの閉鎖に追い込まれるケースも後を絶たない。警察当局は殺人や爆破予告といった直接的な危害が懸念される書き込みについて脅迫容疑などで積極的に摘発してきた。今回、摘発を虚偽の中傷による”炎上”にまで広げ、名誉棄損容疑で立件に乗り出すことで、匿名性を隠れ
■被害相談ハイペース
プロゴルファーの上田桃子(22)も”炎上”経験者の一人だ。
平成19年10月のドキュメンタリー番組で、ほかのスポーツを批判するような発言が放映され、直後から上田のブログに中傷の書き込みが殺到、一時的に閉鎖せざるを得なくなった。
産経新聞客員編集委員の花岡信昭さんは18年にネット上のコラムで、アイドルグループ「モーニング娘。」の「。」は日本語としておかしいのではないかと記述。人格攻撃も含め、非難の書き込みが2000件近くに達した。「匿名をいいことにネットでは相手の人格を100%否定する攻撃が一方的にされる怖さがよく分かった」と、花岡さんはいう。
警察庁によると、ネット上の名誉棄損や中傷などで全国の警察本部に寄せられた19年中の被害相談は、8871件と過去最高を記録。15年(2619件)の3倍にまで増加した。昨年上半期も5482件に上り、19年の相談件数を上回るペースで推移している。名誉棄損容疑での摘発も19年中は79件と過去最高となっている。
■韓国では悲劇次々
整形手術、性転換、同性愛…。ネット先進国の韓国でも、女優やタレントを対象にした中傷がネット上に氾濫(はんらん)し、本人が次々に命を絶っている。昨年10月には、人気女優の崔真実(チェ・ジンシル)さん=当時(39)=がソウル市内の自宅で首をつって自殺した。
崔さんをめぐっては「貸金業に手を出し、男性タレントに大金を貸した」とのうわさが拡大。崔さんは自殺直前、家族に「世間はひどすぎる。貸金業なんて関係ないのに、どうして私を苦しめるの」と言い残していた。
韓国の警察当局は崔さんの自殺を機に、ネット上で虚偽の事実を流し、悪質な書き込みを行う常習犯の取り締まりを強化。告訴がなくても立件できる「サイバー侮辱罪」の成立に向けた動きも加速している。
■ネット社会に警鐘
「1人、2人が(中傷の)書き込みを始めると、『書いてもいいんだ。私も書いてすっきりしちゃおう』と便乗する人が出る。書き込みが増えると、『皆同じだ』と際限がなくなる。炎上させたことで『自分はすごいんだ』と満足する人間も出る」
インターネット協会の大久保貴世主幹研究員は、炎上の背景をこう話す。
ネット問題に詳しい甲南大法科大学院の園田寿教授(刑法)は「今回のケースは『学校裏サイト』などで問題になっているいじめに近い」と指摘した上で、「ブログでは双方のコメントの応酬からエスカレートすることも多く、名誉棄損の線引きをどこでするか難しい問題だ」とした。
産経デジタルの総合情報サイト「iza」には、「ネットは仮想世界ではなく、れっきとした現実社会。非常に公共性の高い場所であるということを認識すべきで、使う人のリテラシー(情報識別能力)やモラルにかかっている」との声が寄せられている。
書き込む際の”表現”はどこまで許されるのか。捜査当局は今後、ネット上に氾濫する事実無根の安易な批判や中傷に対して厳しい姿勢で臨む方針で、今回の事件はネット社会に警鐘を鳴らしたといえる。
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