旧友の松尾文夫氏が「中央公論二月号」で「オバマ新政権の布陣にみるアメリカのかつてない切迫感」と題する座談会の司会をしている。座談会は松尾文夫氏と吉崎達彦・双日総合研究所副所長、渡部恒雄・東京財団研究員の三人の鼎談だが、内容の濃い面白いものになっている。
いずれもアメリカ通の人たちだが、そのオバマ分析はかなり厳しい。「遠からず(オバマの言う)“You”の失望が始まる」「オバマはオポチュニスト。Changeは棚上げにし、ゲーツ国防長官を留任させた」「経済再生に最優先で取り組むという並々ならぬ決意。明らかな”危機対応モード”なのです」「ヒラリーは対イラン強硬論や親イスラエル路線で知られる”タカ派”。危険な賭けに出た」・・・といった調子。
注目されるのは渡部恒雄氏の「オバマが中国のみを重視して日本を切り捨てるなどということはありえません。そんなことを言ってるのは、世界中で日本のメディアだけ」と厳しく日本のメデイア批判をした点。オバマ礼賛と麻生叩きでワンパターン化しがちな日本のメデイアは”世界のローカル”と言われても仕方あるまい。
誰が大統領になろうとも日本を切ることなどしないし、プラグマティックなオバマならなおさらです。特に今は、外交の重みが安全保障よりも経済に傾いてるわけで、日本と中国の助けがなければ、米国は立ち行かない状態。そのことを、しっかり頭に入れるべきです・・・と渡部氏は解説するが、説得力がある。
さらに「法律顧問のグレゴリー・クレイグですが、実は国家安全保障担当補佐官の候補としても名前が挙がった”外交通”。その彼がオバマ新大統領は、就任から一〇〇日以内に自ら訪朝するなり、特使を派遣するなりすべきだという提言を以前に発表しているんですね。彼が入ったことも注目すべきです」と指摘した。
*「ヒラリー登用の意味」。
松尾:オバマは国務長官に民主党の予備選で最後まで戦ったヒラリー・クリントンを起用しました。見方は様々ですが、いずれにしても単なるサプライズにとどまらず、四年後に「あの時、彼女を選んだのが……」と評価されるような、重大な人事だと僕は思います。
彼女は対イラン強硬論や親イスラエル路線で知られる“タカ派”です。これを抱え込んだわけで、危険な賭けに出たとも言えます。事実、アラブなどからは、すぐに失望の声が上がった。僕は勝負が早すぎたんじゃないかと。ややネガティブな印象を持ちました。共和党は夫のクリントン元大統領まで含めて攻撃の種が転がり込んできたと喜んでいますね。
吉崎:どう考えても不可思議な人事だと私も思うのですが、分からないなりに理由を捻り出してみると三つあって、一つは論功行賞。大統領選の結果を冷静に分析すれば、私がオバマだったら「勝てたのはヒラリーのおかげ」と考えます。女性票の五六%を取れたし、勝負どころのミシガン、ペンシルベニア、オハイオなども、予備選ではヒラリーに歯が立たなかったが、ちゃんと制することができた。
第二に、正反対のうがった見方をすれば、もしかしたらオバマは、四年後には ” 矢尽き刀折れ ” という状態に追い込まれているかもしれない。そうなった時に立ち現れるであろう最大のライバルの動きを、政権内に取り込むことであらかじめ封じ込めた。
第三に、かつてリンカーンが政敵であるスタントンを陸軍長官に抜擢したように、懐の深いところをアピールする狙いもあるのかもしれない。
吉崎:一つサプライズをやって、後は現実的というか、クリントン時代のプロフェッショナルで手堅く固めたという人事ですね。「裏切りではないか」という声が、左派の支持者からはすでに相当出ているはずです。
渡部:私も彼女は「爆弾」になりうると思います。でも、それを自ら背水の陣を敷いたのです。なぜなら、アメリカ自身が崖っぷちにあるから。経済のみならず、イラク、アフガニスタンとの戦争とムンバイのテロが示すように、安全保障上の脅威も消えてはいない。これを、最強の布陣で乗りきることが最優先。その象徴がヒラリーです。
*「何をチェンジするのか」
吉崎:彼の演説は、主語に“You”を多用するんですね。「みなさんの勝利だ」というような言い方。で、最後は聴衆がオバマと合体して、” Yes We Can ” の大合唱(笑)。これがオバマ流の雄弁術なのです。対するヒラリーは ”I”。だから、ヒラリーの主張は非常に明快で、オバマは何を言いたいのかが、いまひとつよく分らない。
誤解を忘れずに言えば、オバマ支持者の多くは“You”と持ち上げられて、「この人は自分の思いを分ってくれている」とのめり込んだのではないでしょうか。
でも、そこには誤解がある。私は遠からず、“You”の失望が始まるのではないかと感じます。
松尾:一九六九年春、故デービット・リースマン先生にインタビューした時、就任直後のニクソン大統領について「彼はいい大統領として歴史に名を残すことになるかもしれない。彼は第一級のオポチュニストだから」と言っていた。
実際、ニクソンは米中和解などをやったわけですが、その説に従えばオバマもすごいリーダーになる可能性はある。
オポチュニスト、つまり、Changeは棚上げにし、ゲーツ国防長官を留任させた。今度の人事で見せたような現実路線に徹し、なおかつダイレクト・アーミーのパワーを保持しつつ、ヒラリーを使いこなした場合です。
その意味で、オバマ政権の行く末が見えるのは、意外に早いかもしれませんね。それにもう一つ強調しておきたいのは、オバマが汚職とボス取引で歴史的にも有名なシカゴの政治をうまく生き抜いてここまで登りつめたという事実です。
オバマの後の上院議員の指名権を持つイリノイ州知事が、その人選をめぐる収賄容疑でいきなり逮捕されるような政治風土で育ったオバマのオポチュニストとしての資源に、注目すべきです。
渡部:私は、基本的なところでお二人とは意見が違うのですが、オバマは「安全運転」したくてもできないのです。なぜなら、さきほど述べたように、米国が未曾有の危機に直面しているから。人気が落ちるのも覚悟のうえで、ギリギリの勝負をかけたんじゃないかというのが、私の見方。
今回の人事の凄みは、ヒラリーよりもむしろ経済チームに感じます。極め付きは、ティモシー・ガイトナーとローレンス・サマーズを両方起用したこと。しかもサマーズではなくガイトナーを財務長官にした。二人はクリントン政権時の財務長官(サマーズ)と次官ですが、これだって ” チーム・オブ・ライバルズ ” と言えなくもない。まさに、“Change”だし、“Challenge”ですよ。
そこから見えてくるのは、経済再生に最優先で取り組むという、並々ならぬ決意。明らかな「危機対応モード」なのです。しかも、危機というものは、必ず複合的に現れるもので、イランやパキスタンなど外交面でもいっそう深刻な局面を迎える可能性がある。
そうなった時に、それに対応できるのはヒラリーの政治力ですよ。平時であるならば「冒険人事」かもしれませんが、有事の今はこれくらいやって当たり前。私はむしろ安心感を覚えます。
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2938 オバマは一〇〇日以内に訪朝する?① 古沢襄

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