*「最後の晩餐」
吉崎:大統領選の出口調査(CNN)を見ると「あなたにとってもっとも重要なテーマは」という問いに対して、「経済」「雇用」と答えた人が六三%。「ヘルスケア」の九%、「エネルギー政策」の七%を足すと八割になる。要するにオバマは「経済の大統領」なのです。
本人もそれはよく分っていて、例えば昨年十一月七日にシカゴで行った大統領選勝利後初の記者会見も、経済について助言を受ける「政権移行経済顧問会議」のメンバーを従えて行いました。
その時の写真を見ると、演説するオバマの左右に経済のプロたちがずらり。なんだか『最後の晩餐』に見える(笑)。ボルガーが新大統領のすぐ後ろにいて、ルービンがちょうどユダあたりの位置にいる(笑)。首席補佐官として入閣したラーム・エマニュエルは全体に睨みをきかせてるふうだし、そのちょっと離れたところにサマーズがいる。力関係が一目瞭然なんです。で、真ん中のオバマは確かにキリスト然としている。
この画を見るかぎり、少なくとも経済チームに関しては、しっかりしたリーダーシップを発揮しているように感じますね。
松尾:この時、オバマは誰にもしゃべらせませんでしたね。
吉崎:私も、ガイトナーとサマーズの使い方はおもしろいなと感じました。余談ながら、今リベラル派には不満がいっぱいです。でも、オバマの足を引っ張るわけにはいかないから、『ニューヨーク・タイムズ』なんかはもっぱらこの二人に批判の矢を放つ。「ニューヨーク連邦準備銀行総裁だったガイトナーには、リーマンショックの責任はないのか」といった具合に。
でも、マーケットはこの人事を評価しています。おかしな人間があてがわれずに、ひとまずは安心したのでしょう。
松尾:オバマは“ニュー・ニューディール”をやるんでしょうか?
吉崎:やらないでしょう。これも出口調査の結果なのですが、支持政党を聞くと今回は民主党三九%に対して共和党三二%。ちなみに、四年前はともに三七%でした。ところが、同じ人が政治的傾向については、リベラル二二%、コンサバティブ三四%、モデレート四四%と回答していて、これは四年前とまったく変わらない。つまり、米国民の保守化傾向に変化はない。
今回は、「反ブッシュ・脱共和党」の選挙だったわけです。オバマはこの選挙結果をきっちり分析しているはずで、保守的な世論が眉をひそめるような経済政策は行わないと思います。
渡部:“ニューディール”の定義の問題じゃないでしょうか。大恐慌に学べば、ケインジアン的な手を打たないと景気は悪くなる一方だという認識は持っているはず。だから、七〇〇〇億ドル規模の景気刺激策は実行すると言ってますね。ただ、それがニューディールの規模かといえば違う。おそらく、ドラスティックには映らないけれども、いろんな手を組み合わせて景気浮揚を図るんだと思いますよ。
松尾:マケインが批判したような、ソーシャリスト的なことはやらない。
渡部:ただ、共和党が言う「ソーシャリスト」は、ケインジアンのことですからね。(笑)
吉崎:私は、今の米国経済に特効薬はないと感じます。七〇〇〇億ドルの話だって、米国債はそんなには売れないし、そもそもファイナンスできるのか。財政出動で二五〇万人の雇用を創出すると言っていますが、裏を返せば、財政を止めた瞬間に二五〇万の失業者が出ることになります。
松尾:そうすると、オバマの打つ手は限られるわけだし、経済危機は長期化を覚悟しなければならない。吉崎さんは、どのくらいで回復に向かうと思われますか?
吉崎:市場をはじめとする今の混乱状態は、ざっくり言ってこの春頃まで続くと見ています。混乱が収まったところでやっとまわりの状況が見えてきて、そこから「再建」が始まる。
米国は極端に貯蓄率が低い国ですから、金融がダメになると消費がガクンと落ちます。〇八年七月?九月の個人消費は一七年ぶりにマイナスを記録しました。人口が一%のペースで増加していることを考慮に入れれば、個人ベースではものすごい生活水準の切り下げが起きている。日本の経済危機は企業の危機だったのですが、米国は家計の危機なんですね。
借金ができないとなると、今後数年間は貯蓄の積み上げということになるでしょう。景気にとって好ましいことではありませんが、それで家計のバランスシートは調整に向かう。ただ、調整完了まで三?四年はかかるはず。その間、オバマは国民に対して、「じっとがまん」を呼びかけるのではないでしょうか。
渡部:私もそう思います。やっぱり彼は「受難者」なんですよ(笑)。自らその役回りを買って出て、「だからアメリカ人よ、みんなで耐えよう」と。
何だかんだ言って、今回の経済チームは米国のというより人類の経済学の知恵を総動員している。さっきの二人に加えて注目の人物を挙げるとすれば、CEA(大統領経済諮問委員会)委員長のクリスティーナ・ローマー。彼女はバーナンキFRB(米連邦準備制度理事会)議長と並ぶ大恐慌研究の第一人者です。OMB(行政管理予算局)局長に、医療保険制度のコスト削減などに手腕を発揮したピーター・オルザグを起用したのも重要です。「財政再建は選択肢の一つなどではなく、絶対にやり遂げねばならない課題だ」という発言をしている。
いずれにしても、来るべき長い苦しみを想定し、「我々はベストの布陣を整えた。だから国民も努力してほしい」という明確な姿勢は見せていると思います。
松尾:経済外交はどうでしょう? 米国が保護主義に陥ることを恐れる声も強い。
渡部:この前APEC(アジア太平洋経済協力会議)でも、その懸念が強く表明されました。ただ、オバマ自身も、貿易が縮小したらますます景気回復が遅れることは理解しているはずです。
吉崎:さきほど話に出たように、オバマは存在自体がグローバルでしょ。彼が保護主義を主張したら、それこそ自己否定になるわけで、その点では私は楽観しています。
ただ、対外的に非常に難しい時期であるのは確かですね。〇八年がいかに政治的、経済的に異常な年だったのか、G8洞爺湖サミットと、四ヵ月後のG20金融サミットを比較してみるといい。G8では金融危機の話は出てません。もっぱら環境と資源インフレ。
松尾:なるほど、そうでした。
吉崎:ところがG20では環境の「か」の字も出ませんでした。そもそも、G8の時に「新興国も呼ばないとダメだ」という話になったのですが、実際に来た彼らは口々に「我々は被害者だ」と訴える。彼らは主権意識が強くて、自己犠牲などとんでもないと考える。
今の危機を打開するためには、少なくともG20レベルの協調が必要なのに、先進国と新興国の利害対立はことのほか大きかったわけです。中心にならざるをえないオバマは、本当に大変だと思いますね。
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2939 オバマは一〇〇日以内に訪朝する?② 古沢襄
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