*「問題はタカかハトかではない」
松尾:私は〇二年にジャーナリストに復帰し、米国に取材に出かけたのですが、前年の9・11テロを機に湧き上がった米国の高揚感を肌で感じました。テロと戦うために全国民が一つになるんだというような、ある種の使命感。
正直、ワシントンでの就任式に一〇〇万人以上が詰めかけるかもしれないといわれるオバマ登場での熱狂にも、似たような空気を感じなくもないんですよ。これが、例えばかつてジョンソンが国内の「偉大な社会」政策で成功して、ベトナムにのめり込んで行ったような、落とし穴にならなければいいのですが。
吉崎:外交問題に対する論調は、最初の頃から変わってきている。ヒラリーも入れたし。
松尾:過日、「ザルツブルク・グローバル・セミナー」に招かれて、しゃべった時に、そのへんの気持ちを「“Yes We Can”は国内的にはファインかもしれないが、グローバルにやられるとデンジャラスだ」と言ったら、後で米国人が何人かが寄ってきて「いい話だった」と。
オバマはアフガン増派を主張していますが、あそこにさらに軍事的に突っ込めばベトナム以上に厳しい事態も予想されます。“オポチュニスト”オバマが最初に試されるところです。
ちなみにこのセミナーでは、〇八年七月に彼がベルリンで演説し二〇万人が集まった時の熱気は、欧州では醒めてしまったと話す人もいました。NATOに対してアフガンへの増派を要求したことで、「ブッシュからの決別」への期待は、失望に変わったと言うんですよ。少なくとも、「平和の大統領」というイメージは消えつつある。
渡部:私は、かかる状況下で、外交を“タカ”か“ハト”かという発想で論じること自体に疑問を感じます。そうではなくて、リアリスティックに対応するのか否かといった、やり方の問題。ブッシュはそこを間違ったのです。
オバマは、いきなり国連大使を任命したでしょう。しかも腹心のスーザン・ライス。「新政権は国連を大事にするよ、そして使うよ」というメッセージにほかなりません。
NATOに関しても、私は最近ブリュッセルで欧州人の幹部に会って話したんですが、松尾さんがおっしゃるように彼らはアフガンに対するオバマの要求が際限なく大きくなることを心配しています。
心配はしているんだけど、じゃあアフガンから撤退するのかといえば、そんなことはないわけで。オバマも、そのあたりは十分に理解したうえで発言し、行動しているように見えます。ちょっと買い被りすぎかもしれないし、「神のみぞ知る」ですが。
松尾:ただ、ヒラリーには、「力の行使」をいとわないネオコン的資質がありますよね。
渡部:個人的には、ヒラリーが“タカ派”だとは思わない。そもそも、外交というものは武力を背景にして効力を発揮するものであって、例えば北朝鮮に関して「枠組み合意」ができたのは、まさに戦争一歩手前の圧力がかかっていたからです。
北朝鮮でのブッシュの失敗というのは、圧力をかけておきながら、外交交渉をしなかったこと。この裏返しの、圧力をかけつつ交渉するのが、本来の外交です。
松尾:オバマはそれをやる?
渡部:と思います。まあ、クリントン政権というか、アメリカの伝統的な外交スタイルに戻るだけなのですが。それですぐにはかばかしい結果が得られるとは私も思わないけれど、外交なんてそんなものですよ。簡単に解決できるものなら誰も苦労しない。
松尾:北朝鮮は喜んでるでしょうね。「話のできる相手が出てきた」と。
渡部:でしょうね。ただ、客観的に見れば、北朝鮮にとって楽な環境では決してない。「枠組み合意」の時の状況に戻るわけですから。
法律顧問のグレゴリー・クレイグですが、実は国家安全保障担当補佐官の候補としても名前が挙がった「外交通」。その彼が、「オバマ新大統領は、就任から一〇〇日以内に自ら訪朝するなり、特使を派遣するなりすべきだ」という提言を以前に発表しているんですね。彼が入ったことも注目すべきです。
松尾:アフガン問題は、どこに着地点を見つけようとしてるんでしょう?
渡部:ブッシュ政権がタリバンの一部との交渉を言い始めたことがヒントでしょう。タリバンというのは決して一枚岩ではなく、取り込める勢力もいる。次の大統領選挙で不人気なカルザイの再選をめぐり、状況が混沌としていますが、外交交渉のチャンスともいえる。オバマ政権は欧州と話し合いながら柔軟に対応していくのではないでしょうか。
ただ、柔軟路線をとるにしても増派による治安回復は不可欠なのです。国防長官にロバート・ゲーツが留任したでしょ。彼は軍だけではなく、CIAからの信頼もある。アフガンの特殊作戦ではCIAの役割が大きい。そのためにもゲーツが必要だということです。
*「空気が読めていない日本」
松尾:最後に、新政権発足で対日政策はどう変わるか。意見をお聞きしたい。
吉崎:その話は、ものすごく「居心地の悪さ」を感じるんです。米国でも欧州でも、善し悪しは別として、オバマは熱気を持って迎えられたでしょ。日本は、その高揚感をまたくシェアしてない。国際的な空気を読めていない。このギャップは異様です。
渡部:「居心地の悪さ」の裏には、「“Change”の仲間に入りたくても、今の政治じゃしょうがない」っていう諦めがあると感じています。みんなが受験勉強に精を出している時に、自分一人だけ風邪で寝込んで動けないようなもどかしさ。(笑)
吉崎:もどかしいだけならまだしも、「アメリカは日本の頭越しに中国に接近するんじゃないか」という被害妄想的な懸念ばかりで情けない。
渡部:この国際情勢では、新政権が「日本も中国も大事にします」とうスタンスにならざるをえないのは事実。少なくとも中国敵視政策は取れません。しかし、だからといってオバマが中国のみを重視して日本を切り捨てるなどということはありえません。
そんなことを言ってるのは、世界中で日本のメディアだけ。誰が大統領になろうとも日本を切ることなどしないし、プラグマティックなオバマならなおさらです。特に今は、外交の重みが安全保障よりも経済に傾いてるわけで、日本と中国の助けがなければ、米国は立ち行かない状態。そのことを、しっかり頭に入れるべきです。
松尾:ガイトナーは知日派ですね。
渡部:そうです。しかし、まさか彼が財務長官になるとは。日銀や財務省には、彼が東京の大使館勤務時代からの知り合いも多いはず。
吉崎:日本の金融サークルにもけっこう彼のファンがいますね。
渡部:もちろん経済のことはよく分ってるし、理論に裏打ちされた政治的な迫力はあるけれど、サマーズみたいな傲慢なところはない。(笑)
松尾:ヒル(国務次官補)は残るんでしょうか?
渡部:残るという噂もあります。ただ、対北朝鮮交渉にヒルを使うのはリスクがあると思います。問題の解決には、ほかならぬ日本の関与がポイントだと考えているのではないでしょうか。日本にとって、ヒルはイメージが悪すぎる。適任を挙げるなら、フランク・ジャヌージ(上院外交委員会民主党上級スタッフ)。
松尾:彼は最近まで慶応義塾大学に来ていた。
渡部:一年前にも日本にいたというのは、ちゃんとした伏線になっているわけです。北朝鮮問題を解決するためには日本がカギになると考えればこそ。彼は拉致問題解決の重要さもマインドとして持っている。
ただし強硬なことをやっているだけではダメで、スマートに進めれば核も拉致も解決できるというスタンス。北朝鮮側には、すでにかなり具体的な提案をしているとも聞いています。ただ、私は思うのですが、この新布陣が日本にとっていいとか悪いとか言っている状況では、そもそもない。危機は間違いなく日本にも襲ってくるわけで、危機を最小限にとどめるための主体的な努力、その姿勢を自らが示さなければならない。
吉崎:そのためにも、政治の建て直しが急務ですね。
松尾:ずっとお話をうかがってきて、改めてオバマは今米国が置かれている試練の象徴だと感じました。ただ、試練ではあっても、「アメリカの時代」が終わるわけじゃない。オバマを大統領にしたアメリカの多元的なエネルギーは、やはり乱目すべきです。
問題はその試練を共有する日本ですね。現状は心配以前の状況で、アメリカのみならず外国からは「日本という国」そのものがはっきり見えない。とにかく民意を問う総選挙を早くやることから始めねばならないと思います。
杜父魚ブログの全記事・索引リスト
2940 オバマは一〇〇日以内に訪朝する?③ 古沢襄

コメント