2979 護衛艦がようやくソマリア沖に 加瀬英明

海上自衛隊の護衛艦『さざなみ』と『さみだれ』の二隻が、海賊に対する警備行動に従事するために、呉基地から乗組員の家族が見送るなかで、アフリカのソマリア沖を目指して、錨を揚げて出航することとなった。
すでに、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、デンマークをはじめとするヨーロッパ諸国、ロシア、マレーシア、インド、パキスタン、韓国、中国、オーストラリア、ニュージーランドなどの二十ヶ国の海軍が、ソマリア沖とその周辺海域に海賊から海上交通路を守るために派遣されている。
日本の国民生活を支えている石油の九十%の大きな部分が、ここを通って運ばれてくるというのに、日本は大きく出遅れて参加する。
日本はどの国よりも、この海域に依存している。毎年、二千隻以上の日本関係の船がここを通っている。
ソマリアは紅海の出口にあるアデン湾に面する、「アフリカの角」の大部分を占めている。ソマリアの東にはインド洋がひろがる。西がエチオピア、ケニア、ジブチの三つの国と接している。イスラム国家で人口は八百万人あまり、面積は日本の一・七倍ある。
どうして二十一世紀だというのに、ソマリアが海賊を生んだのだろうか? 海賊は漁船に乗って、自動小銃、ロケット砲などで武装している。昨年はこの海域を通る百十一隻の石油タンカーなどの船が襲撃され、四十二隻が乗っ取られ、身代金を支払った後に船と船員が解放されている。
最近では、アメリカ向けの石油を満載したサウジアラビア船籍のスーパータンカー『シリウス・スター』が乗っ取られ、一月九日に解放された。
ソマリアは一九九一年に内戦に陥ってから、無政府状態が続いている。名ばかりの政府があるが、首都モガディシオのごく一部しか支配しておらず、議会は小さな隣国のジブチで開かれ、二月に新大統領がジブチで就任式を行っている。
ソマリアの漁民にとって海賊ビジネスは、大きな収入源となっている。日本の海運会社が運航する船も被害にあっているが、二〇〇七年にはケミカルタンカー『ゴールデン・ノリ』が乗っ取られ、百万米ドルの身代金を払った。昨年は貨物船『ステラ・マリス』が二百万ドル、『アイリーン』が百五十万ドル、ケミカルタンカー『ストールド・バロール』が二百五十万ドルで解放された。
どうして、ソマリアの漁民が海賊になったのだろうか? ソマリアが無政府状態に陥ってから、外国の密漁船を取り締まれなくなったために、沿岸の豊かな漁場に台湾、スペイン、フランスなどの漁船が侵して、魚を乱獲するようになった。
そのために漁民が収入を失って、海賊ビジネスに転じた。日本は外国漁船が獲った魚を大量に輸入しているから、きっとこれらの密漁船の魚を、回転寿司のタネとして使っているにちがいない。
これまで海賊側が諸国の海軍と交戦して死んだことはあるが、被害にあった船の乗組員が殺された例はない。金儲けのための人質を傷つけては商売にならないから、大切に扱っている。身代金も保険会社が支払っているから、船主の懐が大きく痛むわけではない。
たしかに、ソマリアの貧しかった漁民にとっては、数百万ドル(数億円)を手にできるから夢のような収入だが、アメリカのニューヨークのウォール街のレーマン・ブラザーズをはじめとする金融会社が怪しげな金融商品を売って、顧客から巻きあげた金額と較べたら微々たるものだ。
今回のアメリカ発の金融危機でニューヨークのナスダック市場を使って、バーナード・マードフのヘッジ・ファンドが騙し取った金額だけでも、五百億ドル(五兆円)を超している。多国籍海軍部隊はソマリア沖よりも、もっと早い時期にウォール街の岸を洗うハドソン川とイースト・リバー川に出動するべきだった。
それはともかくとして、日本は食糧の自給率が三十八%、エネルギーとなると僅か四%だ。〃平和憲法〃のために、海上自衛隊の出動が遅れたが、与野党が「国民生活を重視」とか、「国民生活を優先」といっているのと矛盾していて、不真面目ではないか。
日本政府がもう一つ、頭を抱えているイスラムの国がある。
アフガニスタンだ。アフガニスタンとイラクは人口はともに二千万人弱だが、アフガニスタンは面積が六十五万平方キロあって、イラクの一・三倍ある。
オバマ大統領はイラクからアメリカ軍を撤収するかわりに、アフガニスタンに兵力を増派して、力を注ぐことを公約に掲げて当選した。現在、イラクに十四万六千人のアメリカ軍が駐留しているが、まず都市部から引き揚げ、二〇一一年までに完全に撤退することになっている。オバマ政権は向こう二年以内に、アメリカ軍をアフガニスタンに三万人増派することを決定している。
オバマ政権は日本にも、アフガニスタンへ自衛隊を派遣するように求めている。それを受けて、政府部内でアフガニスタンの隣国のウズベキスタンに、支援基地を建設することを検討している。
イラクでは昨年、ブッシュ政権がイラクへアメリカ軍を増派したのが、今のところでは成果をあげて、治安が大きく回復している。一月に催されたイラクの議会選挙では、テロがまったく発生しなかった。
だが、オバマ政権がアフガニスタンで躓(つまづ)く可能性は、相当に高いものがある。イラクにはアメリカ軍にイラク治安部隊を加えれば、六十万人以上の兵力がある。アメリカは新しいイラク軍を装備し、訓練することに努めてきたが、今も刻々と増強されつつある。
アフガニスタンはこれまで十九世紀にアフガニスタンに攻め入ったイギリス軍と、一九七〇年代に侵攻したソ連軍の墓場であってきた。ソ連軍は八九年に撤退することを強いられた。
アフガニスタンは地形が平坦なイラクと違って、険しい山岳が連なっている。イラクにはフセイン政権以前から、安定勢力となる中産階級があるが、アフガニスタンにはない。イラクよりも広い国土に、三万四千人のアメリカ軍とNATO(北大西洋条約機構)ヨーロッパ諸国軍に、アフガニスタンの治安部隊を足しても、二十万人の兵力しかいない。
オバマ大統領を悩ませているイスラム国が、あと二つある。
イランはこの二月にはじめて宇宙衛星の打ち上げに成功した。北朝鮮からテポドン・ミサイルの技術協力をえたものだ。イランが核兵器開発を強行しているのに対して、オバマ政権はもし必要ならば、イランに軍事攻撃を加えることもありうると警告してきた。
もう一つの国が、パキスタンだ。パキスタンは核武装国家だ。パキスタンは政情が不安定であって、昨年に発足した民主政権がアフガニスタンの過激派タリバンと結ぶイスラム原理主義派によって、倒される可能性がある。
そうなったら、核兵器がイスラム過激派のテロリストの手に渡ることになる。オバマ政権はその場合には、パキスタンに軍事介入せざるをえまい。
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