3038 雑談:オフ懇と匿名取材 福島香織

■ホワイトデー・イブの13日、女性記者たちが、官邸でおこなわれた昼ぶら(昼のぶら下がり取材)のときに、麻生首相からホワイトデーのプレゼントとして、白いICレコーダー(4100円)と自筆の手紙(コピー)をもらったそうだ。
2月13日のバレンタインデー・イブに女性記者有志がチョコと寄せ書きを贈ったのだが、そのお礼。ちなみに福島はこの有志メンバーには入ってません。2月13日は夜勤だったので、チョコを渡した2月13日の夜ぶら(夜のぶら下がり取材)にはいなかったのだ。残念!ICレコーダーはともかく、私も首相自筆の手紙欲しかったよ。
■しかし、ホワイトデーの返礼はバレンタインデーの何倍、とかいう暗黙の掟は、官邸でも生きていた。人数分(8人)とそれぞれにコピーとはいえ自筆の手紙をそえての返礼とは、麻生さん、なんともマメな人である。ちょっと印象的だったのは、ホワイトデーのプレゼントを代表の民放女性記者に手渡したとき、深々とおじぎをしたのだった。そのおじぎの仕方が、いかにも、よい家庭教育を受けた人のそれだったので、ああ、この人、やっぱり育ちがいいんだ、と思ったのだった。
■よく秘書官が、首相は国会のトイレの洗面台を使い終わったとき、大理石に飛び散った水をきちんとペーパータオルで拭くとか、ゴルフするとき絶対ボールにさわらないとか(ゴルフは紳士のスポーツで、ボールにさわっちゃいけないのがマナーらしい。だが日本人の仲間うちのコンペではボールがへんなところに落ちたら、手でもって少し位置をずらしたりするんだという)、そういう逸話を語って、首相がいかに礼儀、マナーを重んじる人間であるかを強調するのだが、あながちそれは、秘書官の身びいきではないらしい。
■さて、なぜホワイトデーの返礼がICレコーダーだったのか。聞くところによれば「総理の発言にはオフレコはないというメッセージがこめられている」そうだ。さきの「自民党側には捜査が及ばない」というオフレコ懇談会の高官発言が問題になったことを踏まえて、私の発言にはオフはない、堂々と発言するからちゃんと間違えず記録してくれ、という意味なのかなあ、と勝手に推測。
■閑話休題。例のオフレコの高官発言が、オフレコにも関わらず、早々に漆間巌官房副長官の発言であることが暴露され、高官のオフレコ発言の取扱いについて、番記者の間ですくなからず波紋が広がった。実は私は漆間番。ただ問題の発言があった5日のオフレコ懇談は、イチロー番(小沢番)に引っ張り出されていたので出席していない。だから、私自身、この問題でとやかくいう権利はないかもと思いつつ、それでもいろいろ背景を知ると、ちょっと漆間さんを擁護したい気持ちがむくむくおきたので、覚え書きついでに雑談エントリー。
■月~木に夕方に官邸内で行われる漆間副長官のオフ懇は、俗にいう「筋懇」といわれるもので、何々筋によると、というふうに匿名で引用してOKという暗黙の了解のもとで話される。このクオートの仕方は、官房長官、官房副長官→政府高官、秘書官→首相周辺などとパターンがほぼ決まっており、政府高官によると、といえば官房長官か3人の副長官のうちの誰か、ということになり、政府のナカの人や議員ら関係者は、誰の発言かほぼ確定できる仕組みになっている。最近はめったに使わないが、官房長官→政府首脳というパターンもある。これって、一人しかいないから、ぜんぜん匿名ではないが。
■どちらにしろ、オフ懇といえど、オフにあらず、というのが私の率直な感想。だって、何時にどこそこで懇談会します、って掲示板に張り出すオフ懇なんて、オフになりようがない。だったら、オフ懇なんていわずに、きっちり記録とった発言にすればいい。そもそも、高位の公職にある人間が各社そろった場で発言してオフもくそもないだろう、というのが私の本音。だが、官邸の伝統からいうと、そうもいかないらしい。
■私は、オフレコというのは、書かないことが前提だとずっと思っていた。で、政治部のオフレコは書いていい、とあとで教えてもらった。なら匿名取材と同じかと思っていたのだが、どうも匿名取材とも違うみたいだ。
匿名取材とは、立場を離れて人間対人間として本音を語ってもらう、その代りに匿名にして、その発言によって発言者にかかる不利益を避ける。だから、匿名取材にはニュースソースを守るという責任が記者にかかっている。この記者ならその責任を果たしてくれる、という信頼が取材相手との間に醸成されたときでないと、匿名取材はありえない。でなくちゃ、本当の話なんて、誰も怖くていえない。また、記者の方もウソの発言で振り回される可能性がある。
■したがって、代打ち(番記者以外のかわりの記者)も出席でき、なおかつ問題発言したら、すぐ発言者がわかるかっこうで直後に報じてしまう、この「筋懇」といわれるオフレコ懇談というのは、オフでもなく匿名取材でもない。だから、核心の話などでないのが普通である。いわば雑談の延長、誰もが知っている話プラスちょっとしたサービストーク、理解を深めるバックグラウンドブリーフィングが主流だ。あるいは、お互い記録をとっていないことをよいことに、少々の放言、あるいは、とばし記事を黙認できる、双方にとってこずるい取材・リークの場かもしれない。
■オフ懇をする議員や高官の中には、オフ発言で記事に出ることを想定して発言する人もいるそうだ。その発言が問題になっても、双方に記録がないことを理由に、記者側が発言を誤解したり聞き間違ったと突っぱねることができる。
記者の方も、なにげない一言や言い間違いをとらえて、牽強付会して伝えたとしても、それが誤解、誤報だと証明できる記録もないわけだ。双方にとって、そういうメリットがあるから、一見意味のないように思えるオフ懇というものが、えんえんと存続するのかもしれない。
■しかし、漆間副長官の場合、そういう政治部的なオフ懇リークをするタイプなのかな。そもそも、発言が問題になったとき政治部のオフ懇ルールというものを改めて説明されて、「完オフというものもあるんですね~。そういうルールは社会部(記者の取材を受けたとき)にはありませんでしたから」と驚いていた。ちなみに完オフ(完全オフレコ)というのは、発言の内容自体はソースを示さずに書いていいことになっている。
■漆間さんは、前警察庁長官。警察では、旧ソ連とか北朝鮮とか手ごわい相手の情報戦の最前線に長くにいた人だけに、オフであろうとオンであろうと肝心なことは人に話さないというのが、私の印象。(たんに私が付き合いが浅いからかもしれないが)いつも核心におよぶ話は「そういうインテリジェンス(諜報・防諜)にかかわる話は一切いえません」とそっけない答えだ。
まあ、そういう話は家族にも言わないんだから、付き合い数カ月の記者にいうわけないか。だから、実は漆間副長官からの情報で、大きな抜かれ記事はない、という安心感がこれまでにはあった。
■それでも、私が時間の許す限りオフ懇にでるのは、いつかの本当の匿名取材ができるように、人間関係を醸成する場であると考えるからだ。雑談をしながら、人間同士だから、いつか信頼関係ができるだろう、重要な話に答えてもらえるチャンスもあるだろう、と期待する。
でも、そういう本当の話を聞いた時、記者は絶対ソースを守る努力をする。たとえ誰かがあれは漆間副長官の発言だろう、と問い詰めても、記者は知らぬ存ぜぬ貫く。そういうのが、本来の匿名取材というものだろう。政治部のオフ懇というのは、だからいわゆる匿名取材ルールとも違うし、やはり独特のものである。
■さて、漆間懇談の例の発言だが、あれは本当にそんなに問題発言だったのだろうか。現場にいた記者にあとで聞くと、どうも、そうじゃない気がする。私が出席していない懇談の場の出来事なので、なんともいいがたいが。
■5日夜、共同通信がこの発言をニュースとして流したのを受けて、同僚が他社から確認のためにもらったメモをみたら、「自民党に及ぶことは絶対ない。額が違う」と漆間副長官の発言として書かれていた。
■本当にこの発言をそのまま言ったのなら、高官のオフ懇発言としては失言、だろうが、翌日に各社の漆間番からよくよく話をつきあわせてみると、「『絶対』っていってないような」「漆間さんの性格だと絶対なんていわないんじゃない?」「いや絶対という言葉は記憶にのこっている」「別の発言のところで絶対っていったのが、交じったのでは」「自民党といったのは質問のなかで」「こっちにはこないと思いますよ、とかいう言い方だったか」…と記者の方も記憶があやふや。
■共同が記事を流したから、あわてて記憶を掘り起こした、という社もあるようだ。おそらく、私が懇談会に出席しても気にもとめなかったかもしれない。で、共同の配信記事をみて、デスクかキャップにいわれて、あわてるんだろうな。
■ただその現場でも、「検察からの情報をもとにしての発言ではない」という感触は多くの社が共有していて、漆間さんの性格上、情報を持っていれば、その話題は「それは知っている知っていないふくめていえません」「インテリジェンスですから」と話題を打ち切ってしまうだろうと、私も思う。
■具体的な情報はもっていなくても、前警察庁長官としては、こういう捜査のやり方は知っている。だから、常識、あるいは一般論として、たとえば「二階さんもあぶないんじゃないですかぁ?」ときけば、「それは大丈夫なんじゃないですかぁ。違法性の認識の立証って難しいんですよ。請求書みたなものあっても難しいですよ」と答えるような、そういう雑談風のヤリトリはあったかと思う。失言といえば失言だが、それをもとに、国策捜査だとかいえる類のものではないと思うよ、私がそのオフ懇出ていないから負け惜しみいうわけではなくて。
■この高官発言のおかげで、いまや漆間巌の名前が記事にふくまれていれば、他の新聞が先に報道した記事の焼き直しであっても一面の左肩にのってしまうくらいの時の人となってしまった。
週刊誌なんかをよむと、漆間さん、すごい陰謀家に見えるな。いや、そりゃロシア、北朝鮮相手に諜報戦やってきた人なんだから、見た目は人当りのよい柔和なおじいさん(首相よりは若いけど)でも実はすごい策略家なんだろう。だが漆間さんはともかく、夫人の中傷まで週刊誌に掲載されて、夫人の人柄を知る者としては気の毒でしかたがない。
■警察庁長官から官房副長官への異例の抜擢。あいつがいなければ、おれがあのポストに、なんて思う人はいくらでもいるし、結構、ねたまれるポジション? 高官問題発言がでたとき、「辞任すればいい」と言っている人が与党内にも官邸内にもいたことに、私は正直、恐れをなした。そういう背景も、漆間批判記事の扱いの大きさに関係しているかも。
■民主党サイドには、問題の漆間懇に出席した記者リストとかも流れていて、オフ懇の秘密録音があるという噂をもとに、そのICレコーダーのありかを探しているらしい?自宅の懇談での夫人の立ち場とか、オフ懇の記者リストだとか、番記者でしか知りえない情報が週刊誌や野党側に流れているとなると、番記者も心穏やかではない。
番記者同士で、「私たちが上にあげたメモを週刊誌とか野党議員に売っている人が同僚や上司にいるってことだよね」「某社に一か月60万円くらいで、官邸内のオフ懇メモのすべてを民主党議員に譲渡する契約をしていた人がいたらしい」とかいう噂話もでて、いやあ、政治部って本当にいやな世界なんだね。
■個人的には、漆間さんのような北朝鮮やロシアの手ごわさを肌で知っている人間が政府の中枢にいることは、一国民としては心強いと思っている。韓国が李明博政権になって、拉致問題については、これまで封印されてきた韓国在住の脱北者からの情報提供も増えるだろうし、北朝鮮も政権交代が近付きつつあるせいか、ミサイルぶちあげるといってみたり、緊張感がただよう。ひょっとしたら何かが動くかもしれない。そういう中で漆間さんが抜擢されたのは、麻生政権が対北朝鮮政策について慎重に考えているからだと勝手に解釈している。
■だから、オフの懇談のいわば双方わざと曖昧なところ残して発言や報道の責任をぼんやり回避するような場からでた記事を理由に、議員宿舎に女性を一晩泊らせても辞職しなくていい程度の副長官職を更迭されたとしたら、それこそ国益に反するんじゃないか。西松建設の不正献金問題により小沢代表が辞任しようが続投しようが、正直、そんなに国民生活に打撃になる気がしないけれど、政府が北朝鮮情勢の分析を誤れば、国民の生命と財産の安全を確実に脅かすことになる。
■オフ懇を通じて、番記者が政府高官と信頼関係築こうとするのは、本来、そういう重大局面での情報収集、情報確認をより素早く行うためで、いわゆる政局ゲームに興じるのは二の次でいいんじゃないか。
■というわけで、まだまだ政治部のいろんなシステムに慣れないとういか反感をおぼえてしまう福島だった。
杜父魚ブログの全記事・索引リスト

コメント

タイトルとURLをコピーしました