「金賢姫(キムヒョンヒ)」が日本人拉致被害者家族との面会で話題になっている。周知のように彼女は大韓航空(KAL)機爆破事件の犯人の一人である。逮捕後、韓国で死刑判決を受けたが赦免され、今は韓国に住んでいる。
その彼女について日本のほとんどのメディアは「金賢姫・元死刑囚」という奇妙な呼び方をしている。不思議な“肩書”だ。背景には、赦免されているとはいえ、事件の重大性から「さん」には違和感があり、かといって呼び捨てにするのもまずい…といったことがあるようだ。
しかし彼女はすでに罪を悔い、金日成・金正日崇拝から完全に転向している。北朝鮮の驚くべき実態を世界に明らかにし、さらに日本人拉致問題解決への協力など北の「体制変化」に向け余生を捧(ささ)げようとしている。もう「金賢姫さん」でいいのかもしれない。
それでも違和感があるとすれば「金賢姫・元工作員」が正確だろう。彼女は「死刑囚」ではなく北朝鮮の「工作員」だったことに、より大きな意味があるのだから。
1987年1月、KAL機事件については、中東の中継基地だったバーレーンで、容疑者として日本旅券を持った「蜂谷真由美・蜂谷真一」が捕まったとき、ぼくは「北朝鮮だ!」と直感した。
2人は日本人父子を装った北朝鮮のテロ工作員だった。現地での事情聴取の際、「蜂谷真一」の方は工作員教育そのままに、秘密保持のため隠し持った毒薬を口に含みその場で果てた。「蜂谷真由美」こと「金賢姫」は服毒に失敗し生き残った。
日本旅券を持ち、日本人名で、日本語をしゃべる北朝鮮工作員による航空機空中爆破テロ…。乗員乗客115人は全員、ミャンマー沖のアンダマン海に散った。「日本」を巻き込んだ、恐るべきかつ凄絶(せいぜつ)な事件だった。
北の狙いは翌88年に予定されていたソウル五輪開催阻止のため、韓国を「危険な国」と世界に印象付けるためだった。
「まさか北がそこまでするとは…」と多くの人が思った。しかし北朝鮮は4年前の83年10月にも、ミャンマー(当時はビルマ)を訪問中の全斗煥(チョンドファン)大統領一行に爆弾テロを加え、随行の閣僚など17人が爆死している。
同行記者も1人爆死し、ぼくの友人のカメラマンは重傷を負い、その後、再起できなかった。
現場はミャンマー建国の父をまつる聖地、アウンサン廟(びょう)。外国のそんなところに潜入武装工作員が遠隔操作の時限爆弾を仕掛け、公式参拝の韓国大統領暗殺を狙った。わずかに遅れて到着した全斗煥大統領は九死に一生を得た。世界を驚かせる大事件だった。
テロ作戦をはじめ北朝鮮に「まさか…」はあたらない。古くからの北朝鮮ウオッチャーたちはそれをよく知っている。日本人大量拉致事件も「まさか…」にあたるが、同じ脈絡上の出来事だ。
金賢姫・元工作員はKAL機事件の“生き証人”として死刑を免除され、また生き残った。北朝鮮の“真実”を国際社会に語り続けるため「生かされ」ているのだ。それが罪を償うことであり、自分に与えられた役割であることを彼女はよく知っている。
彼女は北朝鮮の体制が変化ないし崩壊するまで死ねない。北なまりの残る韓国語が印象的だった。田口八重子さんが教えた日本語は今もしっかり覚えていた。彼女は日本や韓国のみならず、国際社会にとって実に貴重な存在なのだ。(産経新聞ソウル支局長)
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