3135 「飛翔体」とはなにごとか! 花岡信昭

北朝鮮がついにやってくれた。待ちに待った、などというとおかしなことになるが、日本上空を「無事に」飛び越えてくれたのだから、麻生首相はじめ日本政府当局者の安堵感はひとしおだろう。めでたし、めでたし、である。
などというのは、数日遅れのエイプリルフール感覚での表現であって、まともにいえば、けしからんことこのうえもない。
大気圏外とはいえ、日本上空を飛び越えていくなど、古女房が夜中にトイレに行くのに亭主の頭をまたいで平気、といったシーンと同じくらいにけしからんことだ。ところが、この亭主もだらしなくて、そういう女房をどやしつけられない。
前日の「誤探知」に続いて、またおかしなことが起きた。
政府は当初、11時半打ち上げ、第1段が日本海(秋田西方280キロ)、次が日本の東1270キロの太平洋上に落ちた、と発表したが、この2段目が分からなくなった。
2100キロまでは自衛隊が追尾していたが、その先は追尾を終了したので、不明だというのである。いったい、どこまで飛んだのか、本当に人工衛星だったのか、衛星打ち上げに成功したのか、そのあたりをはっきりさせてもらいたいものだ。
いずれにしろ、日本政府は「弾道ミサイルに関するすべての活動の停止」を求めた国連決議に違反するとして、厳重抗議の姿勢だ。当然といえば当然で、日本独自の経済制裁措置の延長、強化など、あらゆる強硬な対応を取るべきだ。
そこで、かねていやな言葉だなあ、と思っていたのが「飛翔体」である。
北朝鮮側は人工衛星だといっているから、弾道ミサイルとは呼ばないようにするということらしい。政府の呼称はこれで統一されているし、メディアではNHKがそうだ。
人工衛星であったとしても大陸間弾道ミサイルに転用できるのだから、世界を揺るがす軍事的脅威であることに変わりはない。ここは、ミサイルと呼べばいいではないか。
「飛翔体」という言葉には、なんともいえない、へつらい、媚び、がにじんでくる。「飛翔体」と呼べば北朝鮮は軟化するかもしれないと踏んでいるのだとすれば、これまた甘すぎる。向こうはせせら笑っているに違いない。
NHKの対応は実に奇妙だった。11時半の打ち上げ発表直後から臨時ニュースに切り替えたのは当然としても、12時半になったら、15分遅れでのど自慢になってしまった。
これが終わってちょっとニュースをやったと思ったら、こんどは、認知症の予防対策についての番組の再放送である。NHKは自分の認知症状況を検証するほうがいい。
こういうときはいつもそうなのだが、CNNを見ることになる。こちらは予定を変更して、延々とブレイキングニュースを展開してくれる。
NHKは民放の一部よりも扱いが悪かった。テポドン2がどれほどの重大事態なのか、その基本認識を疑う。秋田や岩手あたりに落下物はないかと徹底調査しているときに、のど自慢ではどうしようもない。
NHKはいくつも波を持っているのだから、ひとつぐらいは、ニュース専門局にすればいい。日本版CNNだ。それなら料金不払いもだいぶなくなるのではないか。
新聞はどうか。5日付朝刊を見よう。なんともいやらしいことに気づいてしまった。
テポドン2のニュースを伝える一面記事の書き出し部分だけ並べてみる。
朝日 <北朝鮮が発射準備を進めていた長距離弾道ミサイル「テポドン2」の改良型とみられる機体は4日、・・・> さすが、優秀なスタッフがそろっているというべきか、「機体」ときた。これはすごい表現である。
毎日 <政府は4日、北朝鮮の長距離弾道ミサイルが「発射された模様」との誤発表をしたことについて、・・・> 毎日らしからぬといっては失礼だが、これはいさぎよい表現だ。長距離弾道ミサイルときちんと書いている。
読売 <北朝鮮が「人工衛星打ち上げ」名目に長距離弾道ミサイル発射を準備している問題で、・・・> これも、きちんと書かれている。
日経 <北朝鮮は「人工衛星」を搭載していると主張する長距離弾道ミサイルの発射について、・・・> こちらもしごく妥当な表現だ。
さあ、そこで産経はどうなっているか。<北朝鮮による長距離弾道ミサイル「テポドン」の改良型とみられる飛翔体の発射計画について、・・・>
正直にいえば、これを読んだ瞬間、うわーっとのけぞってしまった。なんで産経が飛翔体という言葉をリードの書き出しで使わなくてはいけないのか。
政府の発表文や官房長官らの記者会見で飛翔体という言葉が出て、これをそのまま記事にしなければならない場合は仕方がない。そうではない「地の文章」で、これを使うのは神経を疑う。
それにしても、日本政府には「撃墜」の選択肢は最初からなかったのではないか。見事に撃墜していたら、日本の国際的地位は飛躍的に上がっていたはずだ。
といっても、撃墜できるのは、日本を狙った場合と何らかのトラブルで「落着」する場合に限られる。集団的自衛権の行使を容認していないから、こういうことになる。
日本のはるか上空をハワイ方面に向けて飛んでいくのをただ見ているだけ、ということになる。考えてみれば、これは北朝鮮の技術力に全幅の信頼を置いていればこそ可能になる対応という皮肉な対応だ。
日本に落ちてこないようにうまく飛んでくれよ、と願うのが日本側の本音だったとすれば、これはなんともはやである。
ざっくりとしたまとめ方を許してもらえば、テポドン2が成功した場合、戦後の国際安全保障の枠組みががらりと変わることになる。
アメリカに届く大陸間弾道ミサイルの保有国となり、核弾頭搭載まであと一歩(あるいはもう可能かもしれない)という国が、日本の隣に出現するのだ。
核というのは、「使えない究極の兵器」である。だから、国連安保理常任理事国のP5(米英仏中露)だけが戦略核を持ち、核クラブを形成、NPT(核不拡散)体制が世界の安全を担保している。
撃ったら報復攻撃を受けて互いに壊滅する。相互確証破壊とか恐怖の均衡と呼ばれてきたのが、これだ。
P5のほかに、インド、パキスタン、イスラエル、イランなど核保有国が生まれたが、なんとか抑え込んでいるから、イラン以外は国際安保の緊張要因とはなっていない。
P5は互いに相手の意図を知りつくし、しっかりとした管理体制のもとで核軍縮を進めている。均衡のバランスレベルを徐々に下げていくわけだ。
世間には核廃絶を叫んでいる勢力がいるが、これは理想論でもなんでもなく、世界の安定と平和を乱そうという暴論でしかない。平和というのは観念論では維持できない。不断の外交努力でかろうじて安定を守っていくというリアリズムの世界である。
そういう構図でやってきたのに、北朝鮮が大陸間弾道弾を持ったということになると、これはまずい。だいたいが、意図の分からない国である。
金正日という軍事独裁リーダーは、たぐいまれな戦略家なのであって、常にアメリカを交渉相手に引き出し、ぎりぎりの瀬戸際戦略でエネルギーや食糧などの支援を確保しようとする。
日本はこれに翻弄されているだけ、といっては申し訳ないが、北朝鮮にとっては交渉相手とは思っていない。情けない話だが、それが事実だ。
それにしても、本来は日本中が緊張しなくてはならない局面なのに、こののんびりムードはどうしたものか。平和ボケを象徴する事態としかいいようがない。
「誤探知」をやってしまったというのは、逆説的にいえば、チャンスでもある。それほど、テポドン2の確認、追尾が難しいということだ。ならば、発射されたら「日本を狙っている」と「誤探知」して、撃墜してしまえばよかった。
戦争をする気か、といわれそうだが、北朝鮮には戦争継続の能力などない。戦闘機はガス欠状態だ。あっという間に、制空権、制海権を失って孤立する。
テポドン2が撃墜されれば北朝鮮は壊滅的影響を受ける。北朝鮮のミサイル計画をつぶしたとなれば、これは国際社会の平和と安定を守る上で世界的快挙だ。
国連安保理で決議に持ち込むのが難しいなどといった次元であたふたしているのが日本の実情だが、このくらいの国際貢献を果たせるだけの能力は十二分に持っているはずだ。
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