3343 「美金」時代の終わり 宮崎正弘

ドル決済ベースのクレジットカードが中国の多くで使えない。「米国ドル」が「美金」と言われた時代の終わり。
たとえば日本の観光客が北京の土産屋で買い物をしてクレジットカードで支払う。これまでは大歓迎だった。いまでも一流ホテル、レストラン、盛り場のデパートでは使える。
ところが、昨今、一部の店舗では外国のクレジットカードが拒否され始めた。
終局の決済がNYのドル決済となり、いざ最終決済のときにドルの価値が目減りしている恐れがあるからだという。
そんな表面的理由より、そうやってドルが国内に貯まることを中国は避けたいと理由が大きいのではないか。
これまで中国では米ドルを「美金」(メイジン)と呼び、誰もが憧れた。
1971年のニクソン・ショックはドルと金兌換を停止したが、当時、中国の外貨準備高は1億6700万ドルしかなかった(こんにちのそれは2兆ドル)。じつに一万二千倍もの外貨準備高の増加!
70年代後半、トウ小平は共産党幹部を集めた会議で「外貨準備を100億ドルにしよう」と訴え、座がしらけた。そんな目標は達成可能とは思われなかった。
1986年、NY証券取引所のジョン・フェラン会長が北京を訪問し、トウ小平と面会した。
この時、通訳をつとめたビクター・ジカイ・ガオによれば「あなた方は豊かな富を誇る資本主義だが、中国は依然として貧しいうえ、富の蓄積がない。あなた方はファイナンスと資本市場のノウハウを知っている。中国の市場を育成するために手助けが必要である。中国もやがては証券市場を開設したい」と言った。上海と深せんの証券市場は1991年に開設された。
大不況とウォール街の暴落を予告して、いま世界的有名人となったノリエル・ルービニ教授が言う。
「現在、ドル基軸体制は大きな挑戦を受けている。それはおそらく中国の人民元が、十年以上はかかるだろうが、ドルを超越した基軸通貨になり仰せる可能性を持つ。英国ポンド、日本円、スイス・フランは、今後も地域的なカレンシーとして残るが世界の基軸通貨にはならないだろう。
たとえ現在の中国の通貨が世界的に交換性がなくとも、或いは金融機関が西側のレベルとはほど遠いところにあるとはいえども、米国の金融機関の再建と信用の再構築がなされない限り、人民元の挑戦は早まる」(ヘラルドトリビューン、5月14日付け)。
風向きが変わった
 
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