3358 唄わせない「九段坂」 渡部亮次郎

島倉千代子の馴染の一曲に「東京だよおっ母さん」があるが、歌詞に「九段坂」があるので、NHKでは歌詞の二番は絶対に歌わせない。だから紅白歌合戦では曲自体を歌わせない。「過剰自己規制のNHK」躍如!
島倉千代子(1938- )東京の品川出身。高校在学中の昭和29年、コロムビア全国歌謡コンクールに優勝。30年「この世の花」でデビュー。
同年「りんどう峠」、31年「東京の人さようなら」、32年「東京だよおっ母さん」、33年「思い出さん今日は」「からたち日記」と立て続けにヒットを出す。
この間、声が突然、出なくなったり、ファンの投げた紙テープによって失明の危機にさらされたりとのトラブルも多かった。36年「恋しているんだもん」などがヒット。38年にプロ野球選手の藤本勝巳と結婚するが、43年に離婚。
その後、6億円の保証債務を肩代わりするなどの不幸に遭う。56年には「鳳仙花」、62年には「人生いろいろ」をヒットさせ健在ぶりを見せる。「人生いろいろ」は当初、酒で憂さを晴らすという歌詞だったが、島倉自身の経験から、強く小指を噛んだりと改められた経緯がある。
淡谷のり子に酷評されるが、紅白歌合戦に30回連続出演の記録を持ち、コマ劇場での公演でも長期の記録を誇るなど、女流演歌では大御所。漬物嫌い。平成11年、紫綬褒章受章。(「誰か昭和を思わざる」より)
http://www.geocities.jp/showahistory/music/singer04.html
「東京だよおっ母さん」は作曲家古関裕而の親友の作詞家野村俊夫が田舎から上京した老母を東京に住む娘が東京見物を案内するというもので、例の中国が怒るようなものではない。
問題にされる2番。
「やさしかった兄さんが 田舎の話を聞きたいと
櫻の下で さぞかし待つだろう おっ母さん
あれが、あれが九段坂
逢ったら泣くでしょ 兄さんが」
野村俊夫は戦時中は確かに古関と組んで「軍歌」も何曲か作っているが、野村を有名にしたのはむしろ古賀正男作曲、近江俊郎歌「湯の町エレジー」(1948、昭和23年)である。これから9年後に作られたのが「東京だよおっ母さん」。
素朴な母子が東京見物の途次、かつて戦死した兄を偲びに靖国に参拝する、優しい気持ちこそ歌っているが、好戦的な意味は全く感じられない。ところが無理無理そこに「侵略」や「好戦)を感じてしまうNHKの神経にはなにか異常なものを感じてしまう。身を守る余りの自己規制は過剰である。
最近、捏造をしてきされて大問題に発展している『アジアの“一等国”』の問題意識と共通のものを感じる。共通するものは誤まれる歴史観を国民に植え付けるためにはNHKは視聴者を愚弄して恥じないという傲慢さである。
筆者もNHKに20年近く在職し、時々連合国軍総司令部(GHQ)規制の残滓を感じたことはあったが、一つひとつ潰すよう闘った。
公共放送だからと言って言論の自由を守る義務は厳として有するはずだ。それにも拘わらず、はじめから自己規制を過剰にしてちぢこまるというのでは決して「皆様のNHK」とは言い難い。
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