米国のオバマ大統領がチェコのプラハで「核兵器のない世界を目指す」と表明したのは今年4月5日だった。同発言を歓迎して日本では6月16日、衆議院が核廃絶の決議案を全会一致で採択した。素直といえばあまりに素直な日本の反応とは対照的なのが、国際社会の反応だ。
オバマ提案に対して、米国内には厳しい意見も目立つ。それらは米国の直面する最も深刻な脅威は中国だとの見方につながっている。
国務省の資料では、米国保有の核弾頭は5,576、ロシアは3,909である。今年5月に開始された米露核軍縮交渉では、両国保有の核弾頭数を、それぞれ1,500前後まで削減する可能性が論じられている。後述するが、中国の核弾頭数は約600と見られており、米露の核の削減は中国に非常に有利に働くと見られる。
中国には、2007年に配備した地上発射の「東風31A」と06年配備の「東風31」の戦略核ミサイルがある。前者は米国本土に届く大陸間弾道ミサイルで、後者はアラスカに届く。
東風31Aも東風31も、従来は固定位置で液体燃料を注入して発射に至っていたが、移動式固体燃料型に改良され、トラックやトレーラーで移動しながら核ミサイルを打ち、素早く移動して、偵察衛星の監視を逃れることが出来やすくなった。日米両国をはじめ諸国にとっての脅威はより深まったといえる。
陸上発射の東風に加えて、中国は潜水艦発射弾道ミサイル「巨浪2」を開発中で、「晋(じん)級」型原子力潜水艦に配備する予定だ。晋級原潜は将来の中国の核戦力の柱となると見られている。
乗組員の心理状態などを考えなければ、原潜はいったん潜行すれば、1年、2年単位で潜行を続けることが可能である。海面に浮上する頻度は、従来のディーゼル型潜水艦に比べて極端に低く、捕捉することが難しい。
中国は現在、米国に届くミサイルとして、従来型ミサイルの東風5と東風4を20基ずつ、東風31Aと東風31を約10基ずつ、計約60基を保有する。これら弾道ミサイルを複数弾頭化するとして、中国の長距離戦略核弾頭は約600と見られている。
むろん中国保有の核はこれだけではない。台湾を狙った核ミサイルはすでに1,150基以上が配備ずみで、年に100基のペースで増えている。
こうして見ると、オバマ大統領の核軍縮提案で米国の戦略核弾頭が現在の5,600弱から1,500程度に減れば、状況は当然、中国有利になる。これが、米国におけるオバマ提案への批判意見の一つだ。
だが、米国の国防政策決定の主役はオバマ大統領とゲーツ国防長官である。今、大統領が核廃絶をうたい、国防長官が、宇宙空間における壮大な軍事戦略、ミサイルディフェンスにブレーキをかけつつある。米国は軍備縮小に舵を切りつつあるかに見える。
この米国の動きに中国やロシアはどう対応しているだろうか。一例が上海協力機構だ。中露が軸となり、中央アジア4ヵ国を加盟国とする上海協力機構は01年の創設のときから米国への対抗軸構築の意図でつくられた。
同機構の今年の首脳会議はロシアのエカテリンブルクで開かれ、6月16日に宣言を発表して閉会した。イラン、アフガニスタン、インド、パキスタンが昨年同様オブザーバーとして参加した。宣言は冒頭で「国際社会は深刻な転換期にあり、多極化は後戻り出来ない現実」と指摘、米国はもはや唯一の超大国ではないと表明した。
宣言では米露両国の核軍縮の推進が歓迎されたが、中国の核についてはなにも述べられていない。だが、中国は世界で唯一、戦略核ミサイルを増強し続ける国だ。米国が核削減に乗り出せば、中国の軍事力は相対的に強化される。日本が無邪気に米国提唱の核削減を喜んでいる場合ではないのだ。(週刊ダイヤモンド)
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3582 核兵器を増強する中国がいて米国の軍縮宣言は喜べない 桜井よしこ

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