先週、講演で大阪に行った。真夏日のような暑さである。講演前の雑談で、たたき上げふうの社長さんが言った。
「ずばり、選挙はどないなりまんのか」
「民主党が増え、自民党が減る。確実にわかっているのはそれだけです」
「そやろな。夫婦かて、嫁はんが『うちの亭主、アホや、アホや』ばっかり言うてたら、そら、外の人も『そうなんや』思いますやろ。自民党、それと同じことやってるのんと違いまっか。得することなんもありませんがな」
「……」
「ほんま、こらえ性ないな。アホやで」
東京政界のドタバタが、大阪人の目にはそんなふうに映っている。
「自民党支持ですか」
「まあ、そうなんやけど」
しかし、こんどばかりは愛想が尽きた、という口ぶりだ。身内の争いばかり目立つのが腹に据えかねている。
先日は、大根の卸し金のギザギザの上に、麻生太郎首相が乗っけられ目をむいている一口マンガがどこかの新聞に載った。〈麻生降ろし〉の文字が新聞に出ない日はなく、麻生さんもこんなはずじゃなかった、なぜこんなことに、とうつうつとした日々だろう。
大根の場合は通常、〈降ろし〉や〈下ろし〉でなく〈卸し〉と書く。それぞれ多少ニュアンスが違う。大根役者とは言っても、大根政治家という言い方はないが、麻生さん、九カ月前に首相に選ばれたころ、人気を取る相当の役者と、本人も周囲も思っていた。ところが思い違いで、これでもかこれでもか、と大根ぶりを見せつけられることになったのだ。
本物の元役者(お笑い芸人)が、
「あとはわたしに……」
と名乗りをあげ、日本中を話題の渦に巻き込んだのも、もとをたどれば、麻生さんが作った大きなスキだった。
しかし、そんな呑気な大根談議なんかやってるいとまはない。今週号が発売されるころ、東京都議選の結果を受けて、政界は〈解散前政争〉の最終ラウンドに突入しているはずだ。大阪の社長さんに、いくら、
「アホやで」
と侮られても、もう止まらない。とにかく約二週間後には延長国会の会期末(七月二十八日)がやってくる。
うわさされるいろいろな奇策は別として、〈麻生降ろし〉に走るのかブレーキをかけるのか、それと密接にからむ衆院解散をどこに設定するのか、ケリをつけなければならないリミットだ。
解散時期はもはや誤差のうち、と麻生さんはさも大したことでないかのように言おうとするが、それが悪い癖で、だれ一人そんなことを思っていない。誤差に麻生さんの運命がかかっている。
◇大切な外交・防衛政策が後回しになっていないか
自民党のなかには、ある中堅議員が、
「十五兆円の補正予算がこれからじわじわ効いてくるはずですよ。だから、解散は一日でも先に延ばしたほうがいい。私は任期満了の九月十日解散、十月十八日投開票、これしかないと思っている。麻生総理にも会ってそう進言してきたんですが」
と言うように、なおもさまざまな案が飛び交っているらしい。しかし、解散というのは、全衆院議員の首を一気に切り落とすことだから、開会中に行うのが原則で、理論上は閉会中でもできるが、一度も例がない。それよりも何よりも、解散権を握りしめたまま、麻生さんの首がもつかどうか。
少なくとも、先週まで、〈麻生降ろし〉に反対する人たちは、
「昨年九月に全員の総意で麻生内閣をこしらえた。それまで(安倍、福田両内閣とも)一年しかもたないで交代して国民からおしかりを受けたんだ。にもかかわらず、いま交代とか、総裁選前倒しという議論は、国民側からすると理解できないのじゃないの」(笹川尭総務会長)
というのが表向きの論拠だった。まったくそのとおりである。メディアの世論調査でも、〈麻生降ろし〉に納得できない、が六五%だという。つまり、降ろしても、世間はまたやってるとシラケ、票はむしろ減るだろう、という読みが反対論にはこめられているのだ。
しかし、政治家の発言はいつもそうだが、新しい理屈をつけてコロリと変わる。選挙は世間の風向き次第だ。自民党アホやな、と言っていた大阪の社長さんが、
「そやけど、麻生はんももうあかんなあ」
に切り替わる潮目の変化がくるのかどうか、じっとアンテナを張っている。テレビうけがいいだけの新党首をつくるような小細工は逆に嫌われるとも警戒している。テレビ効果はマイナスに作用するとこわいことも、次第にわかってきた。
選挙に弱い候補者たちが、
「麻生さん以外ならだれでも」
と叫ぶのもいくらか同情する。ことに小泉純一郎さんの魔力ではからずも当選してきたチルドレンのみなさんは、〈党の顔〉が気になって仕方ない。小泉病みたいなものだ。
まあ、最終ラウンドの空気はそんなところだろうか。これでは政治分析にもならないが、日替わりメニューのように変転めまぐるしい最近の政情は、分析を不可能にしている印象さえある。
大阪講演が終わったあと、聴衆の一人の老婦人から、
「ちょっと、ちょっと。きょうはあまり話題にならなかったけど、北朝鮮のミサイル、あんなにポンポン飛んできてるのに大丈夫なんですか。みなさん、それがいちばん心配なんじゃないですかね」
と声をかけられた。橋下徹大阪府知事らの地方分権キャンペーンは、それはそれで大切だが、もっと大切なのは国の安全ではないか、と訴えているように聞こえた。
私もかねがねそう思っている。各党とも、外交・防衛政策をとことん煮詰めようとしない。後回しになっている。麻生降りろ、鳩山おかしい、もわかるが、それだけやってると、政治全体が、アホやな、と言われてしまう。もう言われてる。
<今週のひと言>
サミット記念撮影、麻生さん、なぜ端っこに立つ?(サンデー毎日)
杜父魚ブログの全記事・索引リスト
3662 「自民党、アホやな」と言ってたよ 岩見隆夫

コメント