3681 成功するか「解散事前予告」戦術 花岡信昭

政治の世界を40年ほど見続けているが、衆院解散の「事前予告」というのは初めての体験である。解散というのは、ときの首相が電光石火、有無を言わせずに断行するものだとばかり思っていた。
東京都議選(12日投開票)の大敗北で、麻生首相は自主的退陣を決断しない場合、14日にも解散に踏み切るものと見られていた。そうしないと、党内の「麻生降ろし」に抗しきれないと思われたからだ。
ところが、こういう妙手があるとは、うかつにも思いつかなかった。21日の週に解散し、「8月18日公示、30日総選挙」の日程で臨むという。「麻生降ろし」を封じ込め、一方で、できる限り都議選と総選挙の間隔をあけてほしいという公明党の要請に沿うことが可能になる。いったい誰がこの「知恵」を出したのか。
14日解散だと総選挙は8月9日となってしまう。長崎の原爆忌だから8日の土曜投票という手もある。お盆の前後の選挙戦は避けるのが常識だから、8月16日、23日の可能性は薄い。7月21日解散の場合、40日以内に総選挙を行うことが決まっているから、ぎりぎりで8月30日総選挙が可能だ。
天皇陛下がカナダなどをご訪問中で、17日に帰国される。国事行為は皇太子殿下に委任されているから、解散も不可能ではないのだが、あまりに失礼なことになる。17日は金曜だから週末にかかり、19、20の日曜、月曜は連休だ。麻生首相にとって、きわめて好都合なカレンダーが待っていた。
都議選は予想されていたとはいえ、自民党にとって惨憺たる結果となった。自公過半数の維持が自民党の勝敗ラインだったが、自民党は10議席落して38議席にとどまった。40議席を割り込んだのは黒い霧解散以来40年ぶりである。公明党は5回連続の全員当選で23議席を得た。
自公与党は合計61議席。過半数64議席に3議席足りなかった。都議会第一党を目指していた民主党は20議席増やして54議席を獲得した。
投票率は54・5%。前回44・0%から10ポイントほど上昇した。東京の有権者は1000万人ちょっとだから、100万票以上が増えたことになる。自民の得票は146万票(得票率26%)、民主は230万票(41%)。前回より増えた分を民主党がそっくり吸収したといえるかもしれない。
民主圧勝の結果がそのまま衆院総選挙に反映されれば、自民党は壊滅的大敗も予想されることになる。
都議選は定数1-8の42選挙区で争われるが、やはり1人区が決め手となった。7つある1人区のうち、自民党は5区を制していたが、今回は1区にとどまった。この差4議席が全体に響いたという見方もできる。
その一方で、こういう計算も可能だ。得票数、得票率ではこれだけの大差がついたが、自民党はあと3人当選していたら、自公過半数を達成できた。第1党の座を逃したとしても、与党過半数確保ならこれほどの敗北感は出なかった。僅差で及ばなかったところも多いから、3人分でせいぜい1万票程度である。1万票の差というのは5000票が右から左へ動いたことによって生ずる。
そう考えていくと、自民党は5000票に泣いた、という言い方も可能になる。そんな都合のいい計算があるかと怒られそうだが、選挙というのは、そうした側面を持つ。総選挙では「都議選では民主党に勝たせすぎた」という反動が生まれるかもしれない。現に民主党幹部はそこを恐れていて、引き締めをはかっている。
都議選の結果であまりいわれていないことに触れておく。共産党である。5議席減らして8議席にとどまった。民主圧勝の陰で、与党批判票の受け皿としての立場をフルに発揮できなかった。
だが、民主党も過半数には達していない。東京の地域政党である東京・生活者ネットワークは半減して2議席、民主寄りの無所属が2議席だが、この4議席を加えても、過半数には足りない。ということは、今後、都議会では共産党がキャスティングボートを握るのである。
共産党は「自公民は石原与党」として、自分のところだけが都民を守る真の野党という立場を取ってきた。民主党と共同歩調を取れば過半数に達するが、そうでない場合、国政と同様に都議会混迷の事態も十分に予想できる。国政と都議会の連動が新たな課題として浮上してきたのである。
このことは、民主党と公明党との関係でもいえることになる。公明党は自民党と連携しても過半数には達しないが、民主党と共同歩調を取れば過半数に達する。公明党がかつての美濃部都政後半から与党の立場を取ってきたことを想起する必要がある。
いま、国政の舞台では自公与党が当たり前のようにいわれているが、公明党にとって必要なのは、与党という立場にいることのメリットである。都議会で共産党がキャスティングボートを握るのを苦々しく見つめているだけなのかどうか。ならば、こっちが主導権を取ろうと考えてもおかしくはない。
都議会は国政の先行指標といわれてきた。革新自治体、保革伯仲、多党化、社会党躍進、逆に凋落(今回、社民党はゼロで、これによって、これまでの8年に加え12年間の社民不在がほぼ確定した)、公明党・新自由クラブ・日本新党などの台頭、自公連携といった節目の動きはまず東京で現れたのである。
といった側面から考えれば、今回の都議選によって、2大政党化が一段と進行したことが指摘できる。さらに、公明党が民主党と手を組む可能性が秘められているのだとすれば、これは国政の今後を考えるうえで微妙なポイントとなる。都議会の動きが国政とからんでいくのである。
解散の事前予告によって、衆院議員や候補たちは一斉に選挙区に張り付き、本格的な選挙戦をスタートさせた。真夏の長丁場だから、これはなんともしんどい選挙である。
衆院で内閣不信任案を否決、参院で首相問責決議案が可決された。自民党から造反者は出なかった。これによって、「麻生降ろし」のうごきはほぼ封じられたことになる。衆院で信任した首相のクビをただちにすげ替えるというのは、いくらなんでも考えにくい。民主党の「総選挙は麻生首相のもとで」という思惑は、現時点では成功したといっていい。
自民党の古賀誠選対委員長は総務会で都議選の結果を責め立てられると、「すべて私の責任だ」と辞任を表明、退出した。このあたりの迫力は、さすが実力政治家だとうならざるを得ない。宮崎県の東国原知事を追いかけていたときには、古賀氏ほどの政治家がそこまでやるかと思っていたのだが、総選挙を目前にしての選対委員長辞任表明で、一気に党内を引き締めてしまった。
こうなると、「反麻生」の立場を鮮明にしていた政治家たちが小さく見えてくる。世論調査の支持率では民主党の鳩山由紀夫代表に大きく水をあけられてしまった麻生首相だが、「党内世論」とは相当の乖離がある。これが、これからどういう展開になっていくか。
そういってはなんだが、「反麻生」サイドの議員たちには、「自分の選挙があぶない」という共通項がある。世論で評判のよくない麻生首相との距離感を保つことで、選挙区での自民離れ、麻生離れを少しでも食い止めようという思惑が透けて見える。
そこが、「麻生降ろし」が本格化しない理由のひとつではないか。後継候補としては舛添要一氏が最有力と思われるのだが、党内の多数が舛添氏で一本化される様相には至っていない。
麻生首相の手で解散しておいて、短期間で総裁選を「前倒し展開」するという手もないわけではない。だが、この局面で、これまでいわれてきた総裁候補の何人もが立って争うというのでは、国民的理解を得られるかどうか。まして、与謝野馨氏は地元でベテラン都議が落選、石原伸晃氏は都連会長としての責任を問われたのである。
総選挙まで1カ月半。政治の世界の展開は早いから、これから先、なにがあるか分からない。鳩山代表の「故人献金」問題、小沢一郎代表代行の「西松献金」など、民主党側の不祥事が都議選にまったく影響しなかったと見られることも、考えてみれば不可解ではある。
参院での問責決議案可決によって、民主党は残された重要法案であったはずの北朝鮮関連船舶の貨物検査を行うための特別措置法案を葬った。「政策より政局」の典型とも映る。総選挙までの期間を冷静な政策論議に充てたいと思うのは、ないものねだりか。
杜父魚ブログの全記事・索引リスト

コメント

タイトルとURLをコピーしました