3709 「ドロドロ」と「ゴタゴタ」の距離 岩見隆夫

先週、あるパーティーで自民党のベテラン議員と立ち話した。福田内閣で閣僚をつとめ、当選五回、日ごろは口数の少ない温厚な人柄である。
「まだまだこれからですよ。自民党はドロドロに融ける。そこから何かが生まれるかですかね」
目がぎらついている。過激な発言に驚かされた。前日、麻生太郎首相の衆院解散予告があり、この日は自民党の古賀誠選挙対策委員長が突然辞任表明したと伝えられたばかりだった。浮足立っているのはわかるが、それにしても、ドロドロに融ける、とはただごとでない。
ここまでくれば、いっそのこと融解させてゼロから立て直さなければ、自民党の未来はないと思い詰めているように聞こえた。東京都議選の自民惨敗は、危機感を通り越してやや絶望的な気分にさせるのに十分だったのかもしれない。
なにしろ、首都の中枢、千代田区で二十六歳のまったく無名の民主党公認が僅差とはいえ当選した。IT企業の社員だそうで、告示の九日前に名乗りを上げたという。通常なら当選するはずがない。七十歳の自民党公認は七選を狙う都連幹事長、いわば重鎮で、
「二十六歳の青年は政治の勉強をしていない……」
などと批判の演説をして歩いたらしいが、あえなく討ち死にとなった。勉強、知名度、タマのよしあしなど関係ない。民主党だから当選したのである。
千代田区は四十年間、自民党が議席を独占してきた。よもや落選とは思わなかっただろう。お隣の中央区も同じで、民主党の女性候補がやはり四十年の金城湯池に風穴をあけたのだ。江戸城明け渡しを思わせる情景だった。少し前、自民党の代議士会で、
「もはや大政奉還を覚悟すべきだ」
ととっぴな発言をした議員がいて話題をまいたことがあった。一八六七年十一月、徳川十五代将軍慶喜が征夷大将軍の職を辞し、政権を朝廷に返上することを申し出、翌日朝廷がそれを認可したのが大政奉還である。つまり明治維新だ。
平成の奉還、半世紀余に及ぶ自民党政権を民主党に渡してしまえ、いや、それぐらいの腹を括って当たれ、と言いたかったのだろうが、この発言、その時は奇異に聞こえた。しかし、都議選の結果をみると、あながち奇異でない、とうとうここまできたか、というのが実感である。
この事態に、平成の征夷大将軍である麻生太郎首相の口からどんな言葉が漏れたか。都議選翌日の十三日、解散宣言をした日でもあるのだが、政府与党連絡会議で麻生さんは、
「中央でのいわゆる自民党内でのゴタゴタが、都民の判断と選挙に悪い影響を与えたことは否定できない。この点について、総裁として大変申し訳ないと思っている」と謝ったという。
◇コメンテーターたちはなぜ政治不信をあおる
ゴタゴタ、もめごとを意味する。言葉尻をとらえるようだが、麻生さんの基本認識がにじみ出ているようで、気になる。
この半年間に起きたさまざまな政治的事件はただのゴタゴタだろうか。思いつくままにあげれば、一月には渡辺喜美元行革担当相が離党した。公務員制度改革に対する麻生さんの熱意のなさに愛想が尽きたのである。ゴタゴタで片づけられない。
二月になると、中川昭一前財務相の酔いどれ記者会見が突発し、世界中が?然とした。麻生さんの盟友による信じがたい醜態で、内閣の緊張感の欠如をみせつけたのだ。これまたゴタゴタではない。
三月から五月にかけては、民主党の小沢(一郎・前代表・現代表代行)騒動に明け暮れたが、麻生さんは郵政民営化をめぐって、
「もともと賛成ではなかった」
と国会で答弁し、小泉純一郎元首相とのバトルになった。これは不用意発言が招いたゴタゴタだ。
六月に入ると、鳩山邦夫前総務相の辞任事件が起きた。日本郵政社長の進退問題で、麻生さんの態度が揺れ続け、こじれたのだった。もめごとではあるが、早く手を打っておれば、鳩山さんは辞めなくてすんだはずだ。
東国原英夫宮崎県知事の出馬問題も大騒動になった。総選挙を盛り上げたい一念で、古賀選対委員長が独断で打った手ではあったが、麻生さんは我関せずの態度だった。東国原擁立は結果的に失敗に終わり、古賀さんはそのこともあって、麻生さんにうんざりし辞任したのだ。
総理・総裁は親分である。子分を大事にし、気を配らなければ、組織は崩れる。麻生さんはお山の大将を気取っているが、親分的な器量がなさすぎる。
ところで、古賀さんの辞任表明の翌日、民放テレビの朝番組で、他の政治評論家の方たちと〈解散前夜〉の迷走政局を話し合った。すると、別席にいた女性コメンテーターが、
「お話を聞いていると、血湧き肉躍るようで面白いのですが、しょせん自民党の内紛でしょ」
とおっしゃった。そうみられても仕方ないな、と思いながらも、私は、
「必ずしもそうじゃない。このままでは保守政治の将来はないと本気で憂えて動いている政治家もいるんだから」と反論した。新党の動きが話題になると、こんどは別のコメンテーターが、
「要するに自分のため、自分が当選したいからやってるんじゃないの」と言う。
「そんな言い方したら、ミもフタもない」と私は言い返した。内紛も、自分のためも、間違いではないだろうが、ことの一面である。テレビコメンテーターたちはなぜ政治不信をあおるような発言ばかりするのだろう。
ゴタゴタ、という軽いひと言で片づけてしまう麻生さんの発言とどこか似ている。ドロドロに融ける、と自民党議員は深刻なのに、随分距離があるように思えるのだ。
これを書いている間にも、与謝野馨財務相らの動きとか、次々に新ニュースが入ってくる。ゴタゴタでなく、日々ドロドロ状態、麻生さん、予定どおり解散できるかな。(サンデー毎日)
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