3714 麻生首相の生い立ち 古沢襄

麻生首相の失言、放言が納まらない。善意に解釈すれば、話を面白くするために口が滑ったたぐいだが、こう度重なると本音と思わざるを得ない。祖父・吉田茂の貴族趣味を受け継いでいると酷評する向きもある。
基本的には「「とてつもない金持ちに生まれた人間の苦しみなんて、普通の人には分からんだろうな」(二〇〇八年九月)だから、どうしても上からの目線になる。それをご当人が意識しているから、秋葉原オタク、漫画好きを装って、ことさら庶民性をみせようとしている。
祖父の吉田茂元首相は在任中、貴族趣味とマスコミから叩かれた。しかし根は貴族でも何でもない。高知県の自由民権運動の闘士竹内綱の五男だった。竹内は大阪で貿易商だったが、事業に失敗して落魄の身となった。その後、西郷隆盛の西南の役に加わり、入獄までしている。
吉田は明治十四年に旧福井藩士で横浜の貿易商だった吉田健三の養子となっている。旧藩士族の養子。この吉田家は健三が横浜に出て財を為した。金貸しもやっていたという。養母つまりは健三夫人は儒者として名高い佐藤一斉の孫だったから、吉田を厳しく躾けた。
養子の身で厳しい養母の下で育てられたから、吉田の幼少時代は手のつけられない腕白小僧だった。だが、反骨精神が旺盛で、しかも猛勉強して東京帝国大学に合格、卒業して外務省に入った。
ここまでは世間によくある普通の家庭である。実父の竹内綱は自由民権運動の闘士というが名を残すほどの人物ではない。養父の吉田健三も所詮は羽二重業者、巨富を積んだが名門ではない。
吉田が毛並みが良いと言われたのは、内府・牧野伸顕伯爵の娘である雪子夫人のおかげである。当時としては牧野家は近衛家に次ぐ名門といわれた。牧野伸顕は内府として宮中、政治方面で絶大な権力をふるい、おまけに台頭する軍部の暴走の前に立ちはだかった。
牧野伸顕は明治の元勲・大久保利通の養子。軍部の中には平和主義者の牧野暗殺の動きもあった。
だが、牧野の実力の前には軍部もどうすることも出来ない。いきおい吉田茂に憎しみが及んでいる。広田内閣で外相の呼び声が高かったが、陸軍の猛反対でつぶされ、十年間の雌伏を余儀なくされている。憲兵隊からも監視の目がついた。
そのおかげで戦後、宰相の座を手にすることが出来た。雪子夫人のおかげで名門の一族になったが、戦前はかえって、それが仇となっている。雪子夫人は昭和十六年に亡くなり、吉田はまもなく愛人の芸者で花柳流の名取でもあった小りん(本名:坂本喜代)を大磯の自邸に招き入れて一緒に暮らした。
だから吉田のワンマン、貴族趣味は雪子夫人の影響というよりは、養母の下で厳しく育てられた反発が性格を形成したのではないか。「帰んなんとて家もなく 慈愛受くべき父母もなく みなし児書生の胸中は 如何に哀れにあるべきぞ」と歌を遺している。根は寂しき孤独な人だったのではないか。
麻生首相の母は吉田の三女・和子さん。吉田がもっとも可愛がった娘で秘書代わりに使った。頑固者の吉田のことだから和子さんを手放すことはあるまい、吉田を怖れて婿になるものもいるまい、というのが当時の相場だったという。
土佐の吉田に献身的に尽くした人に麻生太賀吉という九州・筑豊石炭業界の雄がいた。父親が麻生太吉、太賀吉は二十四歳で家督を継いでいる。昭和十一年に海外事情の視察に行ったが、帰途、浅間丸で吉田の側近・白洲次郎と親しくなった。吉田は駐英大使でロンドンにいた。
その白洲次郎が太賀吉に惚れ込んだ。麻生家でも親族が太賀吉の嫁選びに奔走していたが、第一候補に吉田和子さんの名があがっていたという。
白洲次郎は内府・牧野伸顕に会って太賀吉を褒めた。興味を持った牧野伸顕は麻生太賀吉に会って「この人物なら和子にふさわしい青年」と吉田に手紙を書いている。昭和十三年に太賀吉と和子は晴れて結婚した。
麻生太賀吉夫人となった和子さんだったが、昭和二十六年に単独講和の調印式に出発した全権団二十七人の中に麻生夫妻の名がある。太郎氏と次郎氏の母親だったが、和子さんは父・吉田首相の秘書役という二足の草鞋を履いていた。
出発の前夜、家族たちと一夜を過ごした吉田茂は小学生になっていた二人の孫に「アメリカから帰ったら、君たちのママは返してあげるからね」と言ったという。
「首相の家庭なんて幸せなもんじゃねえ」「両親にほったらかしにされて育った」「生まれはいいが、育ちは悪い」・・・といった麻生発言は本音であろう。祖父・吉田茂と同じく根は寂しき孤独な人だと言ってよい。
ただ吉田は持ち前の反骨精神とワンマン気質で自由党を統率し、戦後の一時期を乗り切っている。それに比較すると麻生首相はひ弱な宰相と言わざるを得ない。言わなくてもいい失言、放言で自分の足を縛ってきた。親分にもなり切れず、目ぼしい参謀役もないまま漂流している。(敬称略)
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