3744 地球の存在とCO2削減 加瀬英明

冷戦中に世界が核戦争によってあと、五、六分で滅亡すると、警告する時計があった。日本の大新聞がしばしば好んで取りあげたから、記憶されている読者も多いだろう。
アメリカとイギリスの良識的なグループがつくった空想時計だった。米ソ対立が激しくなるたびに、針が進められた。
冷戦が終わった時には、五分ほどあとに戻った。レーガン大統領が宇宙の〃スター・ウォーズ計画〃を発表した時に、針が世界の終末にあと三分まで進められた。私はそれでは湯を沸かして茶を飲む時間もないと、思ったことを覚えている。
北朝鮮が二回目の核実験を行ったが、あの時計はどうしたのだろうか? あの時計は大西洋を挟んだ反米反核グループが、つくったものだった。六月にイランで核開発を強行するアフマディネジャド大統領が再選されたが、人類が滅びるまであと何分あるのだろうか?
あのグループがまだ針を動かしているのか、メディアは報じない。反米主義は単純だから分かり易いが、朝鮮人やペルシア人がからむと複雑になって、頭を整理できなくなるのだろう。
世界中、民衆は恐ろしい話を好む。だからマスコミと、利に聡い知識人が糧とする。
いま、地球温暖化をめぐるエコ・ブームが、世界に吹き荒んでいる。二酸化炭素――COが世界の終末を招くという恐怖が、眼前に立ち塞がっている。諸国政府によって温暖化を回避するために国際会議が、あいついで催されている。
六月にOECD(経済協力開発機構)閣僚理事会が、環境と調和した経済成長を目指すことを掲げた特別宣言を採択した。アメリカではオバマ大統領が〃グリーン・ニューディール〃を、鳴り物入りで進めようとしている。まるで、あの終末時計が戻ってきたようだ。
 
世界は百年に一回といわれる経済危機(エコノミッククライシス)と、環境危機(エンバイロメンタルクライシス)の〃ダブルEクライシス〃に直面しているといわれる。
「グリーン・ニューディール政策」
オバマ政権は大規模な〃グリーン・ニューティール〃を推進することによって、〃緑の経済対策〃として、〃緑の経済成長〃をもたらすことを政策目標として掲げている。
向う十年間で新規雇用として、五百万人のグリーンカラーを生みだすという。ホワイトカラー、ブルーカラーに対して、環境産業の従事者をグリーンカラーと呼んでいる。
その内容は盛り沢山だ。地球温暖化対策としてCO₂の削減、輸入エネルギーと化石燃料への過度な依存から脱却をはかる。再生可能エネルギーの使用比率を二〇二〇年までに十%、二〇二五年までに二十五%まで増やす。
現在、風力と、太陽熱発電はアメリカの電力需要の一%に満たないが、太陽熱発電が三万五千人、風力発電が八万五千人の雇用を生んでいる。それに対して、石油、天然ガス産業には百八十万人が従事している。
スマート・グリッド(次世代電力網)に力を入れ、総電力需要を二〇二五年までに十五%減らす。排出量取り引き、プラグイン・ハイブリッド、電気自動車、グリーン・ホーム(エコ住宅)、LED(低エネルギー、長寿命電球)など、目白押しに並んでいる。
これから世界が今回の経済危機を克服しても、それ以前に戻ることはない。人類の生活様式を変える転機となろう。
私はかねてから地球温暖化説に、異論を唱えてきた。地球温暖化説には、いまでも確証がない。一九七〇年代に入るまで地球冷却化説が学界の主流を占めていたが、温暖化説が多数を占めるようになった。人間の活動が温暖化をもたらしているというのは、疑わしい。
「成長の限界がもたらすもの」
七〇年代はじめに、ローマ・クラブの報告書『成長の限界』が一世を風靡した。経済成長をこれ以上続けると、地球環境が破壊されて人類が滅びるから、ゼロ成長にしなければならないと、警告するものだった。
愚論だった。私は経済成長を停めてしまったら、汚れた河川をきれいにするなど、投資ができなくなると反論した。コンセンサスはほとんどの場合、科学的な根拠がないものだ。
二〇〇一年から昨年まで、地球の気温はまったく上昇していない。海位が上昇して沿岸部や、島が海没すると警告されるものの、二〇〇六年にツバルの海位は落ちている。
もともと、オバマ政権のグリーン・ニューディールは、イギリスの労働党政権が打ち出したグリーン・ニューディールを模倣したものだ。もし、共和党のマケイン候補が当選していたとすれば、このような大規模な環境政策が陽の目をみることはなかったろう。
気象学の権威であるアメリカのプリンストン大学のフリーマン・ダイソン教授は、地球が冷却化と氷河期へ向かっていると説いている。そして温室効果ガスは氷河期の到来を遅らせるから、歓迎するべきだと論じている。
いま、温暖化説がコンセンサスとなっている。
万一、温暖化が人為的なものだという説が正しかった場合には、取り返しがつかないといわれると、反論しにくい。専門家の多くが温暖化説に確証がないと認めているものの、疑わしい以上は万全の対策をとるべきだと、説いている。二回の世界大戦によっても、人類は滅びなかったが、地球温暖化は世界核戦争と並ぶ脅威だというから恐ろしい。
私は温暖化説に科学的な根拠がないとしても、受け入れたほうがよいと思っている。
中東への石油依存が、イスラム原理主義による脅威をつくりだした。イスラム原理主義が世界の安定を脅かすようになったのは最近のことで、七〇年代に発生した石油危機後のことである。それまでイスラム世界の中核といえば、イスタンブール、カイロ、ダマスカス、ベイルートだった。これらの諸国は産油国ではなかったし、世俗的な都会だった。
第一次大戦後、イスラム圏では近代化を求めて、宗教離れが進んでいた。トルコは第一次大戦に敗れると共和国となり、学校で『コーラン』を教えることを禁じ、女性に参政権を与えるなど、非イスラム化を進めた。
イランでは一九二一年にパーレビ朝が創建され、近代化を進めた。メッカ巡礼を禁じ、女性が顔を目だけだして隠すローブを着るのを禁じて、非イスラム化をはかった。
エジプトのナセル大統領が「アラブ社会主義」を呼号して、アラビア半島の南北イエメンまで及んだ。シリアとイラクでは、六〇年代に社会主義政党のバース党が政権を握った。サダム・フセイン元大統領も、シリアのアサド現大統領も、バース党である。アフガニスタンで共産政権が誕生して、七八年に国名をアフガニスタン民主人民共和国に改めた。
イスラム圏はこの三十年ほど、イスラム化の高波によって洗われてきた。二回の石油危機によって、イスラム圏に巨額の資金が流入するようになり、イスラム圏の地位を大きく高めた。イスラム産油国といえば、サウジアラビアをはじめ近代化に大きな遅れをとり、イスラム原理主義が支配する砂漠の国々だった。
「中東への石油依存脱却の機会」
これらの国が力をえてイスラム圏の新しい中心となったために、原理主義が力をえた。先進諸国がイスラム産油国の機嫌を伺うになった。それのために、キリスト教世界に対して長いあいだにわたって劣等意識に苛んでいたイスラム諸国民が、新たな自信を与えた。イスラム原理主義の脅威を生んだ。中東への原油依存をやめたい。
商品や資源を際限なく浪費する経済は、社会を道徳、倫理的に脅かすものだ。温暖化を奇貨として、健全な生活文化を取り戻したい。
このままゆくと、限られた資源をめぐる争奪によって、世界の安定を揺るがすことになる。地球温暖化の脅威は、諸国に一体感をもたらし、国際協調を促す。
環境重視は自然の尊厳とともに、生命の尊厳を確立する。よいことづくめだ。
私はインターナショナルなものや、グローバリゼーションを嫌っている。グリーン・エコノミーがひろまれば、地産地消が促進され、無駄を排して、小さなものがよいという等身大――ヒューマン・スケールの生活習慣を取り戻すことになるから、歓迎したい。
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