*「国家像」がどうにも見えてこない
鳩山由紀夫代表が鳴り物入りで発表した衆院選マニフェスト(政権公約)は、ほぼ予想通りの内容だった。一読して、まことに申し訳ないが、これによって「民主圧勝ムード」が冷えていくのではないか、世間は冷静さを取り戻すのではないか、などと思ってしまった。
というのは、どうひいき目に見ても、国民受けをねらった「ばらまき公約」ばかりが前面に出過ぎているからだ。このマニフェストからは、日本をどういう国にしていこうとするのか、目指すべき国家像といったものが見えてこない。政権を担おうとするからには、そこが最も大事な点ではなかったのか。
<ひとつひとつの生命を大切にする。他人の幸せを自分の幸せと感じられる社会。それが、私の目指す友愛社会です。税金のムダづかいを徹底的になくし、国民生活の立て直しに使う。それが、民主党の政権交代です。>
マニフェストの冒頭部分がこれである。だれが書いたのか知らないが、いかにも「歯の浮くような文章」となってしまった。これでは中学生か高校生あたりの作文の域を出ないと言われかねない。成熟した大人の社会で、どこまで通用するのかどうか。そこに関心を持たざるを得ない。
国の為政者が「民のカマド」に思いをはせるのは、当たり前のことだ。それが、このマニフェストでは、どこか浮世離れした印象を与えるのはいったいなぜか。そこを考えていて、思い当たった。
日本経済がどん底の状態になってしまったのは、アメリカ発の金融危機である。これが世界同時不況の引き金となった。そのことが書いてないのだ。麻生首相は「全治3年」と言明したが、そこには、危機乗り切りのためには国民も痛みを甘受してほしいといったニュアンスが浮かぶ。
*払拭されない「ばらまき公約」の財源問題
そういった脈絡とはまったく関係のないところで、これでもかといわんばかりに数多くのばらまき公約が並ぶ。財源はどうするのかという批判に対抗して、4年間の工程表も作成したのだが、これもどうやら裏目に出たのではないか。
2013年度の所要額は16.8兆円に達するのだが、その財源確保策として、国の総予算207兆円の組み替え、税金のムダづかいと天下り根絶、国家公務員の総人件費2割削減、「埋蔵金」の活用、租税特別措置の見直しなどが並ぶ。はたして、どれだけの説得力があるか。
これまで月2万6000円としてきた子ども手当(中学卒業まで)は「年31万2000円」と言い換えた。金額の数字を高めようということか。高校の実質無償化、高速道路無料化、月7万円の最低保障年金、医師数1.5倍、農業の戸別所得補償制度、ガソリン税などの暫定税率廃止、月10万円の手当つき職業訓練制度、中小企業の法人税率11%に引き下げ・・・などと「おいしい公約」が次々に出てくる。
「民主党の5つの約束」というのがある。「ムダづかい」「子育て・教育」「年金・医療」「地域主権」「雇用・経済」という区分になっている。
このうち、「地域主権」の中に、農業の戸別所得補償、高速道路無料化、郵政事業の抜本見直しなどが含まれているが、この分類の仕方もよく分からない。
*「外交・安全保障」が後回しでよいのか
この「5つの約束」に、外交・安全保障は出てこない。これがやっと出てくるのは、政策各論として、上記の5項目に「消費者・人権」「外交」が加えられて7項目としてある部分の最後である。
このあとに、憲法が出てくる。「国民の自由闊達な憲法論議を」というのだが、衆参両院の憲法審査会の実質的なスタートに反対してきたのは民主党ではなかったか。
外交は票にならないというのが政界の通例だが、政権を担当しようという政党が、外交・安全保障について、こういう扱いをするのか。
アメリカの大統領選挙では、共和党でも民主党でも、外交・安保・危機管理が重要なウエートを占める。内政もさることながら、国際社会でどう行動するかをはっきりと表明しなければ、政権担当能力を示すことにはならないからだ。
マニフェストでは、外交の部分で「緊密で対等な日米関係を築く」「東アジア共同体の構築をめざし、アジア外交を強化する」「北朝鮮の核を認めない」「世界の平和と繁栄を実現する」「核兵器廃絶の先頭に立ち、テロの脅威を除去する」といった項目が並んでいる。
対北朝鮮政策の中に、「貨物検査の実施を含め断固とした措置をとる」という表現があるが、これはこちらの読み間違いか。貨物検査を可能にする特措法を廃案にしたことを忘れたようだ。
インド洋での自衛隊の給油支援活動については触れていない。これは、現実的対応をとるとして、民主党政権ができたからといって、ただちに自衛隊に帰国命令を出すようなことはしない、という意味合いだという。
民主党は自衛隊の派遣について、「憲法違反だ」として反対してきたはずだ。派遣期間の延長に抵抗したため、自衛隊は一時帰国を余儀なくされた。それが一転して、現状追認というのはどうもよく分からない。
村山自社さ政権を思い出そう。社会党委員長が首相になったため、当時の社会党は結党以来の党是ともいえる「自衛隊違憲」「日米安保反対」といった基本政策をことごとく転換していった。
首相は自衛隊の最高指揮官なのだから、憲法違反の存在だなどといっていたら、首相の職が務まるわけがない。
民主党はその再現をやろうとしているのではないか。主義主張は自由だが、「憲法違反だ」としてきたものをいとも簡単に捨て去るというのは、政党の「誠実さ」にかかわる。そのあたりの言及がないことがどうにも気になるところだ。
自衛隊の現場の心境を考えよう。憲法違反だとして派遣に反対してきた政党の党首が、今度は最高指揮官となるというのでは、穏やかならざるものがあるはずだ。
自衛隊は国家が容認する最高の「暴力装置」である。であるがゆえに、この問題に真正面から取り組もうとしない態度はいかにも危うい。これまでの主張が誤りであったというのであれば、素直に認めたほうがいい。
そのほか、論議が尽くされていない「人権侵害救済機関の創設」「社会保険庁と国税庁の統合による歳入庁の創設」などが、さりげなく盛り込まれている。
*社民党、国民新党、共産党との摺り合わせをどうするのか
民主党政権ができる場合は、社民党、国民新党との連立政権になる公算が強い。参院で民主党は単独過半数に達していないため、国会運営をスムーズに進めるために、たとえ衆院総選挙で単独過半数を得たとしても、社民党などとの連立になるといわれている。
さらに、共産党の影響力が強まることになる。共産党はかつての方針を転換し、小選挙区の半分程度しか候補を立てない。候補のいない選挙区の共産支持票は必然的に民主党候補に上乗せされる可能性が高い。民主党としては「借り」をつくることになりかねない。
東京都議選の結果がこの見方を裏打ちすることになった。自民敗北、民主躍進に終わった都議選だが、自公与党は合わせて61議席で過半数64に3議席足りない。
民主党は20議席増やして54議席を得たが、民主党とほぼ同一歩調を取る生活者ネットワーク2議席、無所属2議席を加えても過半数に足りない。共産党8議席がキャスティングボートを握るのである。これが国政にどう反映していくか。
国民新党はともあれ、社民党、共産党の影響力の強い政権となれば、別次元の制約が出てくることは十分に予想できる。民主党はそのあたりの説明も不足している。
とにかく、日本政治で初の本格的な「政権選択選挙」が行われようとしているのだ。民主党のマニフェストはその高揚感は伝わってくるものの、真摯な緊張感が欠けているように思える。
政権担当を目前にしているのであれば、乗り越えるべき壁の存在と、これをどう克服していくか、そこをきちんと見据えるべきだ。
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3751 民主党マニフェストはここがまずい 花岡信昭

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