釈放された米国人女性記者二人は、クリントン元米大統領の特別機に同乗して、間もなく米西海岸のロス空港に帰還する。これを羨望のまなざしで見ているのは、北朝鮮に拉致された被害者の家族たちであろう。
横田めぐみさんの父、滋さんが「私人でもいいから北朝鮮と交渉してほしい」とデッド・ロックに乗り上げた日朝交渉の打開を望んだ。だが日本は政権交代を賭けた選挙の最中にある。拉致被害者の家族たちの声は届きそうもない。
テレビで森永卓郎さんが「記者二人を連れて帰るためにアメリカはリスクを背負い、メンツも捨てた。(日本は)アメリカは同盟国なんだから、拉致被害者を戻すためにこれくらいの動きをしてくれてもいいんじゃないかと思う。やろうと思えばできたはず」と嘆いた。
この期に及んで”アメリカ頼み”とは情けない。米国はじめ世界の各国は、非人道的な拉致行為を非難し日本に同情してくれる。しかし自ら北朝鮮を説得し、経済制裁の輪に加わるリスクをおかす気配はみえない。それどころか米国は制裁を徐々に解除してきた。
展望なき孤独な戦い・・・それが日本の姿であろう。制裁強化によって北朝鮮の妥協を引き出す戦略には一定の限界がみえている。昨年八月の日朝実務者協議で北朝鮮が約束した拉致被害者の再調査委設置は、先送りされたまま一年を過ぎようとしている。まさに手詰まりの状態にある。
帰国できないでいる拉致被害者の奪還という一点に絞れば、日本も大胆に戦術転換を図る時期にきているのではないか。その意味で森永卓郎さんの「アメリカはリスクを背負い、メンツも捨てた」という意味を「日本はリスクを背負い、メンツも捨てた」に置き換えたらどうであろう。
押しても動かないのなら、引いてみるのも手である。ただ、これには拉致された被害者の家族会はじめ多くの日本人がその気にならなければ、実行は不可能である。
もし政権交代によって民主党政権が出来れば、自民党政権とは異なるアプローチが理屈のうえでは可能な筈である。果たして民主党にリスクを背負い、メンツも捨てる覚悟があるだろうか。
手始めに万景峰号の日本入港禁止措置(特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法)を解除する方向で北朝鮮と極秘交渉をしたらどうだろう。必要に応じて北朝鮮の全ての船舶に拡大してある入港禁止を解除してみる。
リスクは二つある。北朝鮮がこの程度の措置では拉致被害者の再調査委設置に約束通り応じてくるか疑問がある。もう一つは制裁の一部解除に拉致被害者の家族会が反発する可能性がある。もし自民党が野党になれば、政略的に猛烈な反対をするであろう。
政権基盤が固まらない民主党政権にリスクを求めても逡巡するかもしれない。それであれば、手詰まり状態が続くのも仕方あるまい。「私人でもいいから北朝鮮と交渉してほしい」という横田滋さんの願いは、空しい叫びのままになる。
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