3778 「クリントン電撃訪朝」は日本政局をどう揺さぶるか 花岡信昭

アメリカがやってくれた。クリントン元大統領が「電撃的に」北朝鮮を訪問、金正日総書記と会談したのである。クリントン政権時代のカーター訪朝、さらには、もっとさかのぼって、ニクソンの電撃的訪中まで思い浮かべてしまった。
これがアメリカの伝統的、といっていいいのかどうか、基本的な国家戦略ということだろう。国連安保理での制裁決議に基づいて、北朝鮮を干し上げてしまえという国際的な動きが展開されようとしているときに、アメリカは自国の国益最優先で動く。もっとも、それが国家というものだ。
このクリントン訪朝が、来るべき日本の総選挙にどう影響するか。そこに大いなる関心を持たざるを得ない。
直観的にいえば、これは民主党にとってかなりのマイナス材料となるのではないか。マニフェストでは外交、安全保障を隅に追いやった民主党だ。その点からいって、こういう国際的な「事件」にどう対処していくべきかという側面では、まだ自民党の経験と知恵が上回っているようにも思える。
もっとも、国民がそのあたりをどう受け止めるか、慎重に見きわめる必要がある。「生活が第一」だというのであれば、クリントン元大統領が訪朝しようと、当座の国民生活にはなんら影響はない。それが国民の一般的な反応ならば、これはもう、さようでございますかと引き下がる以外にない。
*認めざるをえない金正日の国際戦略のセンス
誤解されないように書かないといけないが、金正日という軍事独裁指導者は、国際社会では蛇蝎のごとくに嫌われているが、その国際戦略のセンスは半端ではない。国民が飢えに苦しんでいるというのに、高額のミサイル発射を重ね、核実験もやった。それもこれも、アメリカを引き出すための瀬戸際戦略だ。
それが見事に、といってはこれまた誤解を生みそうだが、成功したのである。6カ国協議の枠の外で、アメリカとの直接交渉を実現させたのだ。金正日の面目躍如たるところがある。とにかく、考えられ得る最高ランクの米要人を引きずり出したのだ。
北朝鮮に拘束されている米人女性記者2人の釈放交渉が、クリントン訪朝の狙いだという。北朝鮮側としては「人質外交」が功を奏したことになる。
となると、われわれとしては、報道の自由という問題以上に、北側につかまるようなミスをしたこの女性記者2人を徹底して指弾せねばなるまい。この2人の軽はずみな行動によって、北朝鮮問題はまったく様相を変えてしまう可能性が出てきたのだ。
国際社会は国連安保理決議によって、北朝鮮に圧力をかけ、貨物検査で武器の移動などにストップをかけようとしていた。その北朝鮮包囲作戦は、この2人の女性記者によって、無残にもぶち壊されたことになる。
この2人はアメリカに凱旋するのだろうが、これによって拉致問題はさらに遠い存在としておしやられる結果になったのだから、日本としては、断じてこれに呼応すべきではない。日本のメディアは「よかった、よかった」という報じ方をするだろうが、これも恥ずべき対応であるということを、いまのうちから言っておきたい。
報道の自由はどこまでも尊重されなくてはならないが、この2記者は、取材過程でとんでもない大ポカをしでかしたのである。そこまで擁護する気にはなれない。敵に弱みを見せ、つけこまれる要因をつくってしまった責任は重い。
*背後にオバマ政権の周到な政治判断
とはいえ、2記者の拘束によって、アメリカが乗り出す口実となったのは事実だ。クリントン元大統領の訪朝は「私的」なものだという。元大統領の訪朝が私的なものであるわけがない。まして夫人が国務長官だ。オバマ政権が周到な政治判断によって演出したのはいうまでもない。
クリントン訪朝のニュースを聞いて、まず思ったのは、日本側への事前通告はあったのだろうかという点だ。政府筋は、日韓両国に対し事前に訪朝の連絡があったというが、どこまで踏み込んだ背景説明があったかどうか、定かではない。
そこから、またもや「日米同盟の有効性」という重大なテーマにぶつかることになる。旧ソ連との冷戦時代には、日本には西側の盾としての役割があった。冷戦崩壊によって、地政学的な日本の立場は相当に弱まった。
まして、沖縄の米軍普天間基地の移設問題は10年たっても解決しないし、日本の国際貢献姿勢はきわめて消極的だ。集団的自衛権の行使容認にも踏み切ろうとしない。国際テロとの戦いの最前線に立っているアメリカとしては、煮え切らない日本の態度にイライラも募っていただろう。
論壇では保守系の中にも反米・嫌米派が一定の存在感を示すようになった。そういう日本に対して、米側に「応分の貢献もしないで勝手なことばかり言っている」という不満があるのは事実だ。
*日米安保体制は本当に機能しているのか
そういう状況の中で、今回のクリントン訪朝の意味合いを考えると、日米安保体制が本当に機能しているのかどうかという根源的な問題に行きあたらざるを得ない。いうまでもないが、日本の安全保障の基軸は、「アメリカの核の傘」にある。そのことへの日本内部の認識はきわめて希薄だ。
核搭載艦の寄港問題で「密約」があったのではないかといったことが、いまだに問題視されるのが実情だ。核搭載艦が寄港しているのは、「大人の社会では」当たり前の事実である。米側から事前協議の申し出がないから寄港してはいない、という建前で押し通すことにしているというのが、(大人なら)だれもが知っている実態だ。
 
現に、そうでなければ、「核の傘」は実態として機能しようがない。中国も北朝鮮もロシアもすべて承知の上で国際戦略を構築している。もう「ウソの上塗り」はやめたほうがいい。
ニュークリアー・シェアリングがヨーロッパでは普通のかたちになっている。EU非核国がいざというときにはアメリカから核を借用するというシステムである。日本でもそのことの是非を論議すべき段階にきていると思われるのだが、いまだに「密約」うんぬんで大騒ぎしているようでは、安保オンチもきわまれりといわなくてはなるまい。
*情緒的な対応では新しい国際秩序についていけない
そう考えていくと、民主党のマニフェストは、まさに浮世離れしているといわざるを得ない。自衛隊の海外派遣はダメ、集団的自衛権もダメ…というのでは、国際政治の現実とは相当の乖離がある。クリントン訪朝で民主党幹部は青ざめたのではないか。
アメリカは自国の安全保障、主権の維持を最大の目標として動く。これは独立国家であるならば当たり前のことなのだが、これまた、日本ではそうした意識が薄い。
クリントン訪朝によって浮き彫りになったのは、アメリカが北朝鮮のミサイル、核実験を本気になって憂慮しているという事実である。テポドンが本当に米本土に届くのではないか、核実験の精度が高まってミサイル搭載用の小型化に成功するのではないか。米政府内部では、そうしたことへの懸念が本物になってきたということではないか。
北朝鮮から米本土に向けたテポドンが発射された場合、日本の自衛隊はこれを撃ち落とせないというのが、いまの実態である。集団的自衛権の行使にあたるからだ。ミサイル防衛システムのレベルも、日本上空を飛び越えるテポドンを撃ち落とせるのかどうか、もうひとつはっきりしない。
となれば、アメリカとしては日本をあてにできないのだから、北朝鮮との直接交渉に応じる以外にない。これは中国に対しても同じだ。とりわけオバマ政権では、日本抜きで対朝、対中外交が展開されるのではないかという危惧があった。
*日本だけが蚊帳の外になりかねない
さあ、日本にとっての悪夢のシナリオがいよいよ現実化してきた。米朝間の電撃的な国交正常化である。それも日本の頭越しで、ということになる。ニクソン訪中を思い出すというのは、そういうことだ。
北朝鮮にとっては、米朝国交正常化によって体制保証がかなうのであれば、これは完全な外交の勝利ということになる。日本など眼中にはない。そのとき、日本はあわてて日朝国交正常化に向けて、アメリカを追いかけるのであろう。
カーター訪朝で北の核開発停止と引き換えに軽水炉を供与するKEDOの枠組みがつくられたが、完全に北側のペースにはまり、結果的にだまされた経緯はいまさら触れるまでもない。
日本の拉致問題など、もう完全に蚊帳の外の扱いとなるのは必定だ。日本の国際戦略はこれでいいのかどうか。それが総選挙の最大の課題となってはじめて、この国の行方を見据え、国家観を踏まえた「政権選択」となる。
<<米人記者の責任は>>
ときに産経の1面に違和感を覚えることがある。
6日付朝刊など、その典型だ。クリントン米元大統領の電撃訪朝によって釈放された米人女性記者2人が、家族と抱きあって泣いている写真を2枚使っている。
「よかった、よかった」と、お涙ちょうだいの扱いでいいのかどうか。他紙よりも格段に「よかった度」が高い。
国際面ではクリントン元大統領と、この2記者が所属するテレビ会社の共同経営者であるゴア元副大統領といっしょの写真を使っている。こちらなら、まだわかる。
この2人の女性記者は中朝国境地帯の取材中に、北側につかまった。経緯は十分にはわからないものの、こういう神経をつかわなくてはならない場所で北側につかまるというのは、ジャーナリストとしては大ミス、大ポカだ。
北朝鮮当局は「懲役」12年の判決をくだしたが、2記者は監獄に入れられるのではなく招待所(いわゆるホテル)に収容されていた。北側が「人質外交」を展開しようとしていたことが、この点からもよくわかる。
くどいようだが、この2記者は、危険な地域であることを承知のうえで、取材中につかまったのである。日本人拉致事件とはまったく異なる。
報道の自由など、どう叫ぼうとも通用しない相手だ。2記者には「崇高な」取材目的があったのだろうが、とんでもない失態をやらかす羽目になった。そこをまず恥じてもらわないといけない。
クリントン元大統領が乗り出し、金正日とすれば、アメリカの最高ランクの要人の訪朝を引き出したことで大きな外交ポイントを稼いだ。
国連安保理決議によって、北朝鮮関連の貨物検査を徹底させるなど、日干し作戦が進行中なのだ。アメリカはその先頭に立っていたはずなのだが、2記者拘束によって、対北外交戦略は大きく揺らいだ。
そのことの責任を2記者はどう考えているのか。
北朝鮮が6カ国協議の枠外でアメリカとの直接交渉を実現させたことの意味合いを考えれば、無事帰国できた、よかった、よかった・・・というレベルの話ではないはずだ。
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