大東亜戦争という過ちを犯した責任の大半は硬直化した軍官僚組織に起因する。ソ連が崩壊した原因の大半は、社会主義国家になって誕生した新官僚の偏った政治主義にある。新しい国家建設に当たっては、優れた官僚組織が欠かせない。しかし国家建設が軌道に乗ると、その官僚組織が硬直化して、大きな流れに鈍感となり、結局は国を滅ぼす。
その点ではアメリカという新しい国家は、柔軟な組織を持っている。移民に頼る国家だから、カメレオンの様に変幻自在な舵取りが出来る。多くの過ちを犯すが、致命的な過ちに至る前にするりと脱皮する。ブッシュからオバマへの転換は、そのよい例である。オバマが行き詰まれば、また新しいカードを出してくるだろう。
滞米経験が長い松尾文夫氏はオバマについて次の様に言っている。
<オバマ新大統領がアメリカ政治の歴史のなかでも、汚職とボス取り引きで有名な「シカゴの政治」のなかでもまれ、生き抜いてきた人物だという事実です。このアングルは、まだ日本ではあまり紹介されていないと思います。>
<オバマ氏は、このシカゴにコロンビア大学卒業後の1984年、黒人地域の職業訓練支援などを行う地域振興事業の管理者としてやってきます。年間の予算を7万ドルから40万ドルに増やすなど業績を残した後、1988年ハーバード大学のロースクーに奨学金で入学、1991年に優等で卒業、シカゴに戻り、弁護士事務所に就職、1992年にミシェル夫人と結婚、人権派弁護士として売り出し、1996年イリノイ州議会上院議員に当選、ケリー上院議員を大統領候補に指名した2004年民主党全国党大会での「リベラルのアメリカも、保守のアメリカも、黒人のアメリカも, 白人のアメリカもなく、ただ”アメリカ合衆国”だけがある」との名調子の基調演説で名を上げるわけです。同年11月、イリノイ州選出上院議員に当選、そして今度の黒人初の大統領-と、とんとん拍子の上昇気流に乗るわけです。>
<もちろん、オバマ新大統領はこうしたシカゴ・マシーンとは一線を画し、これに対抗する改革派の旗手としてのし上がってきました。しかし、実際には、親しい友人で政治家としての活動の初期の資金的な支援者であったデベロッパーが2007年の予備選出馬の段階から、汚職容疑で逮捕され、現在も裁判中であることからもわかるように、決してこうした「シカゴの政治」の暗い顔とも無縁ではないすれすれのところをたくみに歩いてきた、したたかなプラグマチストとしてのオバマ新大統領の素顔を捉えておくことが必要だと思います。>
しかし日本ではオバマの理想主義的な演説しかみていない。酔いしれていると言って良いだろう。したたかなプラグマチストとしてのオバマの素顔が出ると、期待を裏切られたとなる。そこには硬直した見方が持つ弊害がモロに出てくるだろう。
話を戦前の軍官僚組織に戻そう。日清・日露戦争を戦った大将たちは生粋の軍官僚ではない。前身は代用教員など様々であった。やがて中学一年生から選抜して、少年時代から軍人を養成する陸軍幼年学校が出来た。陸軍士官学校は幼年学校出身者だけでなく、中学五年生の卒業生も受け入れたが、陸軍大学は幼年学校出身者に限られている。
この陸軍大学を出た軍人たちが軍官僚を形成している。それも幼年学校のドイツ語学科の出身者で占められた。開戦時の東条英機首相は、まさにこのエリート・コースの軍官僚であった。優秀だったと言ってよい。
だが、少年時代から軍の中で育てられたエリート軍人が硬直した軍官僚になるのは、その軍教育組織にあったのではないか。世間知らずの軍人が、政治の中枢を握ることほど危険なことはない。
多くの士官学校卒業生は、前線の指揮官として奮戦しているが、エリート軍人たちは参謀本部で作戦指導に当たっている。典型的な例は辻政信氏であろう。私は参議院議員になった辻氏を知っている。参院議員食堂でよく飯を一緒に食った。自民党の松村謙藏氏に私淑していたが、やはり幼年学校教育が生んだ変種という印象しかない。
アメリカの代表的な軍人はコリン・パウエル陸軍大将であろう。ジャマイカ生まれのパウエルはニューヨーク市立大学シティカレッジを卒業。二度のベトナム出征を経て1971年にはジョージ・ワシントン大学大学院経営学修士修了。
大学卒業後にアメリカ陸軍に入隊していた。1957年、陸軍少尉に任官、本格的な軍人の道を歩んでいる。それが父・ブッシュ政権では、アメリカ軍のトップである統合参謀本部議長(1989年 – 1993年)として、パナマ侵攻や湾岸戦争を指揮するに至った。
ジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領の下でアフリカ系アメリカ人初の国務長官に任命されている。盟友のリチャード・アーミテージと共にブッシュ政権での穏健派といわれた。純粋培養でない典型である。少年時から軍人のワク型にいれる幼年学校教育とは明らかに違う。
エリート高校から東大法学部という官僚の育て方にも問題がある。エスカレートに乗った出世コースは柔軟な発想をする人材をはじき出すことになりかねない。それが硬直した役人の温床になる。官僚組織が悪いのではない。その育て方に問題がある。
ロンドンで英ロイター通信の幹部と懇談した時に「イギリスの官僚はオクッスフォードやケンブリッジの卒業生が多いが、法律の勉強をさせる前に歴史学の勉強をさせて、幅広い教養を身につけされる」と言った。顧みて東大法学部の学生は、最初から法律の勉強で競い合う。ほかの話は忘れてしまったが、この話だけは今になっても忘れない。
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3808 硬直化した官僚組織の危険性 古沢襄

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