新型インフルエンザの蔓延でにわかに社会問題となった感染症。昔は伝染病といわれたもので,1897年(明治31年)に制定された伝染病予防法を改正し、感染症予防法が出来たのが1999年、このとき「伝染病」という言葉も「感染症」に言い換えられた。
わずか10年前のことで、比較的新しいジャンルの学問ということが出来る。どちらかというと、マイナーな分野という印象があるが、歴史的にはペスト、天然痘、スペイン風邪など数百、数千万人の死者を出す病気として恐れられている。この分野で、いま有能果敢な女性医師が、官僚を凌ぐ影響をもたらしている。3人の女性プロを紹介する。
一人目は、新藤奈邦子さん。
肩書きはWHO(世界保健機関)本部(ジュネーブ)のメディカル・オフィサー。世界をまたにかけて、鳥インフルエンザやパンでミック(世界的大流行)に関わる大規模感染症の制圧活動に当たっている。第一報が入ると現地へ飛ぶ。アンゴラなどにも派遣されウイルス性出血熱の封じ込め、制圧のため現地で指導に当たったこともある“猛者”である。
1990年、東京慈恵医科大学卆。ロンドンの病院で研修後,母校で脳神経外科医として働き始めるが、職場でセクハラに合ったこともあって日本は女性医師が働く環境がないことを痛感、内科に転向。国立感染症研究所情報センターからWHOに応募。世界から殺到した応募者671人の中から選ばれ、2002年WHOへ。
2006年2月、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介され一躍「インフルエンザなら新藤」と注目を浴びるようになった。番組の中で、医師になった動機を語っている。それは脳腫瘍で失った弟の言葉だった。
「医師になって、ぼくと同じように苦しんでいる人に、ぼくの代わりに明日があると言ってほしい」現在は二児と一緒にジュネーブに永住、今回も新型インフルエンザで日本に一時帰国して、国立感染症研究所で、世界のスタンダードで新型インフルエンザ対策のアドバイス当たっている。
「管理職以上は外交官扱いを受け、サラリーも悪くない」とメーマガジンでインタビューに答えている。
http://yamabuki.ewoman.co.jp/report_db/id/2601/dow/1
二人目、木村盛世さん。
筑波大学医学群卒業。米国ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院疫学部修士課程修了。優れた研究者に贈られる、ジョンズ・ホプキンス大学デルタオメガスカラーシップを受賞する。内科医として勤務後、米国CDC(疾病予防管理センター)多施設研究プロジェクトコーディネイターを経て帰国。財団法人結核予防会に勤務後、厚労省に入省。大臣官房統計情報部を経て、厚労省検疫官(羽田検疫所)。専門は感染症疫学。
彼女についてはこれまでにも何度か書いてきたが、現役の官僚でありながら、厚労省を鋭く批判した著作「厚生労働省崩壊」(講談社)が評価され、新型インフルエンザ問題の集中審議が行われた参議院予算委員会(5/28)では、野党側の参考人として証言を行ったこともある。これが呼び水となって、新聞、テレビ、週刊誌などあらゆるマスコミの間で引っ張りだこになった。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4480390/(「心配なのは医系技官の水準」 5/15)
http://www.melma.com/backnumber_108241_4543183/(「木村もりよさんインタビュー」 7/14)
最近のメールマガジンでも、厚労省にいる医系技官250人について<医師は人(患者)の傍にいてこそ医師である。日進月歩の医療界の中で患者も診ず、論文も読まずでは妥当な対策が立てられるはずもない。現場を知ろうとしない医系技官は医師免許を捨てたらどうだろうか>とバッサリ。
最後の1人は、重村直子さん。
重村さんはその現役の医系技官の1人だが他の医系技官とは一味違う。1998年東大医学部卒の医師で、日米で予防医療の臨床を経験した後、入省。まだお若いのに、舛添厚労相の私的なアドバイザーグループ「大臣政策室」の政策官に抜擢され、予防医学の専門家として大臣に意見を具申し、アドバイスをつづけている。
ワクチンの輸入問題で、「副作用被害の補償制度や、ワクチンメーカーの責任を問わない無過失免責制度などの法の改正をすべき」とした大臣の発言の振り付けをしたのは彼女だといわれる。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4591985/(「副作用の無過失補償制度」8/29)
以上、3人に共通しているのは、国内の大学を卒業後、欧米の大学でみっちり公衆衛生学の教育を受けていることだ。日本の公衆衛生学教育のレベルは欧米やアジアの一部諸国に比べて大きく立ち遅れているのが現状である。
そのため多くの日本人が海外の公衆衛生大学院で学ぶために留学する。<私が学んだジョンズ・ホプキンズ大学で出会った優秀な日本人は誰一人として日本に帰ってこない。それは日本に魅力がないからだと思う。今の課長、局長と言った幹部は自分たちの天下り先だけを考えて仕事をしており、行動すべてが保身のためで国民の方をまったく向いていない。>(木村防疫官)。
WHOの新藤メディカル・オフィサーも帰国する意思はないという。彼女たちの発想が厚労省官僚と異なるのは、日米の教育制度に由来する。
舛添厚労相と彼女たちは、波長が合ったらしい。現場医師のメールを読むと、これからも大臣を突破口に政治主導で日本の医療制度改革に取り組んでもらいたい、と期待している。
だが、舛添大臣の退任は近い。厚労省ではほっとした空気が流れているそうだ。彼女たちの思考回路はHIV訴訟で政治主導の判断を示した菅元厚労相とも近いように思われる。次期大臣は誰か。その後の彼女たちの処遇が気になるところである。
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