4006 なんとも危なっかしい鳩山新政権の船出 花岡信昭

鳩山新政権が発足した。民主党幹部にとっては初めてのことづくめで、大変なことはよく分かる。であるにしても「脱官僚依存」「政治主導」をアピールしようとしてか、なんとも生煮えの対応が多すぎる。
その「青臭さ」が魅力という向きもあるだろうが、国家の運営に携わっていこうというからには、こんな状態では困る。16日の政権発足当夜に受けた印象を率直にいえば、政権担当能力を示していくためには、もっと真摯に、まじめに、現実を踏まえた大人の対応が必要だ。
鳩山新首相は、政権発足から100日はハネムーンとしてゆったりと見てほしいということのようだが、それを許すほど内外情勢は甘くはない。
16日夜、最も驚いたのは、メディアの取材統制に乗り出したことだ。民主党政権がこれをやったらだめだ。取材、報道、表現の自由は最大限に認めるという基本姿勢を確立しないと、せっかく「民主党びいき」が多いメディアに横を向かれてしまう。民主党にとっては、最も大事にしなくてはならない価値観ではなかったのか。
*官庁取材の道を閉ざす鳩山新政権
平野官房長官によれば、「官僚の記者会見はやらない」ことにするのだという。この指示を受けて、省庁の中にはトップの定例会見をやめるというところも出た。こういう理不尽な指示にただちに従うというのも、官僚組織としては情けない。
「脱官僚」を貫くために、今後は省庁に入った大臣、副大臣、政務官ら政治家だけが記者会見を行うことにしたのだという。平野官房長官の記者会見で、メディア側から「報道統制だ」といった声が出たのも当然だ。背景説明などのブリーフはこの規制に含まれないということにするようだが、それにしても、官僚の記者会見禁止令とはいったいなにごとか。
これを追及不足で見過ごしてしまう内閣記者会も情けない。筆者が現役記者として、平野官房長官の会見に出くわしていたら、取材規制に猛烈に抗議してその後の新大臣の記者会見をボイコットするぐらいの強硬措置に出ていたはずだ。
新政権の狙いは分からないでもない。政策の方向は政治家が行う。そのためには官僚たちによけいなことは言わせない、というわけだ。だが、ここまで取材規制を厳重にしてしまうと、行き過ぎもはなはだしいといわなくてはならず、取材現場の実態を知らない素人の感覚としかいいようがない。もっと現場を勉強してからことを起こすべきだ。
*濃密な取材を担保していた記者クラブ制度
重要省庁では、事務次官、審議官、局長クラスの記者会見、懇談を定期的に実施している。記者会見は発言者を特定して報道できるもので、懇談というのは、発言者をぼかし「○○省首脳」などとして報じるという仕組みだ。
これは長い間の「公」の側とメディア側の調整の結果、生まれたものだ。官の側には説明責任、情報公開という責務がある。メディア側には国民の知る権利にこたえるという、これまた重要な責務がある。その双方の責務が重なり合うところに記者クラブが存在する。
記者クラブの問題点はさまざまに指摘されてきたが、そうした存在目的そのものは、実態を熟知すれば容認すべきものとして理解されよう。記者クラブ批判は結構だが、その大半は実情を知らない者の世迷いごとである。メディア論の学者などに実態を知らずして記者クラブ批判に明け暮れ、世論を誤った方向に誘導している向きがあるが、いいかげんにしてほしいと常々感じてきた。
官僚の記者会見禁止令は、そうした半可通の判断から出てきたものに違いない。会見禁止となれば、官僚はメディアと接触するなというのと同じだ。ならば、政治家たちは、官僚と同レベルの詳細な説明ができるのか。中途半端に終われば、いいかげんな情報がそのまま伝えられることにもなってしまう。
重要省庁では朝の「事務次官ハコ乗り」まで、定例化しているところもある。次官宅へ朝回りしても、十分な時間が取れないため、次官の車に代表社が2人ぐらい同乗する。役所に着くまで、車内で「懇談」を行う。その結果は同乗した代表社の記者が各社に伝えるという仕組みだ。
「談合なれあい」などと批判されようとも、メディア側としては、官僚トップから具体的な話を聞く機会が多ければ多いほど、国民の知る権利を担保することになる。中央省庁を日常的に取材しているメディアは、それほど濃密に取材対象とかかわっているのだ。
そうした実態を知らないまま「官僚の記者会見禁止」方針が出されたのだとすれば、この政権はいかにもあやうい。だれがどういう思惑で、馬鹿な「知恵」をつけたのか。それにあっさりと乗ってしまう鳩山首相以下の政権首脳部もお粗末極まりないということになる。
この方針が表に出たことで、官僚トップたちはメディアに対しハラを割った話ができなくなってしまった。ひとつの政策が出てきた背景も、そのことがもたらす影響も、官僚たちが口を閉ざしてしまったら、どういうことになるか。政治家主導の名のもとに、一方的な言い分だけが報じられることになる。被害をこうむるのは、国民(読者、視聴者)である。
*疑問が残る新閣僚人事
閣僚名簿を見て、政治ウオッチャーの感覚としてまず思ったのは、野田佳彦氏がいないということだ。鳩山首相は党内の勢力バランスに配慮して組閣したという。たしかに、党内グループの幹部クラスは網羅されている。その中で野田氏がいない。そのかわり、参院から3人起用されている。これまでの政権の例では参院枠は2人であった。
小沢氏が背後で内閣人事を操った形跡が見て取れる。野田氏と小沢氏はいい関係にはない。その一方で旧社会党の輿石東参院議員会長と小沢氏は良好な関係にある。参院枠が3人になったことによって、輿石氏は一段と参院での政治力を高めてしまった。
さらに長妻昭氏の厚生労働相、亀井静香氏(国民新党)の金融・郵政担当相というのは、どう理解したらいいのか。長妻氏が年金問題に精励してきたことは広く知られている。鳩山首相は当初、行政刷新担当に起用しようとしたが、長妻氏が「副大臣でもいいから年金問題をやらせてほしい」と望んだため、こうした布陣になったという。
亀井氏は周知の通り、郵政民営化に反対して自民党を飛び出し国民新党を結成した。長妻氏は年金問題の、亀井氏は郵政問題の、それぞれ「一方の当事者」である。それを所管大臣につけるというのは、自民党政権であれば考えられないことだ。これが鳩山首相のいう政治主導だとするのであれば、ちょっと違うのではないかとも思う。
もうひとつ。閣僚リストで注視すべきは、岡田氏の外相就任だ。通常であれば、重要閣僚への登用ということになるが、今回のケースではやや様相を異にする。
鳩山首相は岡田氏を幹事長のままとし、党内バランスを維持しようとした。だが、小沢氏が幹事長就任を望んだため、これを受け入れたという経緯がある。小沢氏が幹事長就任要請をなかなか行わない鳩山氏に業を煮やし「何も言ってこないから、週末は釣りにでも行ってしまおうか」とつぶやき、これが鳩山氏側に伝わって、3日夜の会談が急きょ設定され、小沢氏の幹事長就任が決まった。
その経過を見れば、岡田氏は外相に「棚上げ」され、党内での政治的な動きを封じられたと見ることも可能だ。かくして小沢氏が内閣も党も人事のすべてを掌握したのである。
その岡田氏は誠実な人柄で知られるが、原理原則にこだわるタイプで、「原理主義者」のニックネームもある。外相に就任して、まず指示したのが、核持ち込みの「密約」問題の明朗化だ。
これはいかにも岡田氏らしいところだが、実は、「密約」問題は政治的には触らないほうが日米関係はうまくいく。言ってみれば、密約はあったがなかったことにしよう、というのが成熟した日米関係ということになる。これまで「事前協議の申し入れがなかったから、核持ち込みはなかった」という説明で通してきた外交当局だが、岡田外相を迎えて、いったいどういうことになるか。
「政官関係」にくさびを打ち込もうという鳩山政権だが、その行方は定かではない。
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