ドイツの政変を感慨を込めて見ているのは韓国だという。金大中・盧武鉉時代という左派政権下で経済の停滞を招き、対米、対日関係も悪化したが、その盧武鉉政権はドイツのキリスト教民主党と社会民主党の大連立を高く評価して、わざわざ大統領府のホームページに紹介していた。
盧武鉉政権が倒れ、ドイツの大連立も終焉を迎えたのだから、韓国の人たちにとっては他人事ではないと映る。日本は連立左派政権が誕生したばかりだから、ドイツの政情はまだ他人事。来年になってイギリスの総選挙で英労働党が敗れることにでもなれば、初めてわが事として真剣に考えるのかもしれない。
もっともドイツの右派連立政権の行く手は厳しい。韓国の東亜日報は、メルケル首相が”お母さん”から”鉄の女”になるだろうか・・・と、期待と懸念を込めて書いている。
大連立の下では左派・社会民主党の横ヤリで、メルケル首相は大胆な改革が出来ないでいる。「ドイツのサッチャー」と前評判が高かったメルケル首相だったが、果敢な規制緩和や過度な福祉制度の縮小、減税などはいずれも大胆に進めれなかった。
大きな政府を志向する社会民主党と決別して、大連立を解消したメルケル首相は右派の自由民主党と組んで念願の保守連立政権を樹立することが出来た。自由民主党は大幅減税と規制改革を唱えている。
一方、バラ撒きの弱者救済策から脱することがなかった社会民主党は歴史的な敗北を喫した。ドイツのニュース週刊誌「シュピーゲル」は、反市場・反世界化・反資本主義のパラダイムから抜け出せなかった社会民主党は、対案も示せず反対だけをする党という烙印を押されたので、おそらく永遠に回復できないかもしれないと酷評している。
<「1966年から69年まで、ドイツはキリスト教民主党と社会民主党の大連立を通じ、政治に対する国民の信頼を取り戻し、それをもとに経済危機と東西間の葛藤の危機を克服した」。4年前の今頃、大統領府のホームページに紹介された内容だ。2005年初め頃、すでに政治的行き詰まりに瀕していた盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権は、ドイツを例に挙げながら、ハンナラ党に絶えずラブコールを送った。問題は大統領府がドイツの大連立の「一面」だけを引き合いに出し、全体像を歪曲したことだ。左右の連立でドイツでは、できることもできないこともなくなり、1968年、学生たちは街に飛び出た。ドイツ人たちは、当時の首相の名前すら覚えていない。
◆2005年11月、ドイツの連邦議会選挙で、過半数得票に失敗した右派キリスト教民主党は、36年ぶりに中道左派の社民党と再び大連立を組んだ。初の女性首相になったメルケル氏は、「ドイツのサッチャー」にはなり切れなかった。キリスト教民主党がより果敢な規制緩和や過度な福祉制度の縮小、減税などを進める度に、社民党が足を引っ張ったからだ。このため、左右連立に対する評価は、それほど高くない。その代わり、メルケルは合意を重視する「静かなカリスマ」で信望を得た。最多議席を獲得しながらも、所信通りの国政運営ができなかったメルケル氏は、キリスト教民主党として右派同士の連立の方が欲しかったに違いない。
◆27日に実施された連邦議会選挙では、メルケル氏率いるキリスト教民主同盟と右派の自由民主党がついに過半数議席を獲得した。11年ぶりの保守連立政権の誕生だ。減税と規制改革を強調する自由民主党が連立したことで、メルケル氏は欧州経済の「戦車軍団」ドイツの将来をかけた、真の改革を推進できるようになった。ドイツのニュース週刊誌「シュピーゲル」は、「メルケルが『お母さん』から『鉄の女』になるだろうか」と書き、期待と懸念を示した。
◆今回の選挙で、最大の敗北者は社民党をあげられそうだ。反市場・反世界化・反資本主義のパラダイムから抜け出せなかった社民党は、対案も示せず反対だけをする党という烙印を押された。おそらく永遠に回復できないかもしれないと、シュピーゲルは指摘した。欧州全体でみても、今年6月の欧州連合(EU)議会選挙で、中道左派の議席は4分の1に過ぎなかった。グローバル経済危機が襲い、中道穏健実用路線で有権者に訴えた右派の変身とは対照的だ。4年前に突拍子もない大連立を持ち出していた、うちの左派勢力の表情が気になる。(東亜日報)>
杜父魚ブログの全記事・索引リスト
4051 ドイツの大連立を評価していた韓国の盧武鉉政権 古沢襄
未分類
コメント