4053 行く川のながれは絶えずして…② 福島香織

■新政権ができると、ナントカ内閣と名称をみんなでつける。とあるテレビ番組のコメンテーターが「雑巾がけ内閣」とか呼んでいた。自民党政権時代の負の遺産を大掃除。官僚組織を大掃除。という意味らしい。でも、雑巾がけというのは、もともとある構造物はそのまま、母屋は建て替えずに、整理整頓して綺麗にするという意味だから、きっとそのコメンテーターは潜在的には、本当は今の政治システムを大きくいじってほしくないんだなあ、と思う。
■とある国会議員さんは、「東京ナツメロ内閣」と呼んでいた。なんとなく分かる。もっと若手をばりばり登用するのかと思えば、平均年齢は60・7歳に上昇。政権とって大臣になってなきゃ週刊誌で「あの人は今…」特集にとりあげられそうな、昔の顔がずらりと並んだ。でも、きっと民主党政権交代の原動力のひとつとなった若い無党派層の有権者たちは、あの人たちが昔、どんなことを行ってやってきたか、どんな価値観の持ち主か、あんまり知らない。懐かしい感じはするけど、あの人だれ?みたいな。
■私はなんと呼ぼう、うーん、「地雷内閣」。左から右まで、極左(?)から隠れタカ派まで、いろとりどり、個性も我も強そうな人たちが同じ屋根の下にいて、ヘタを踏むと、ドーンと爆発しそうな火薬箱がそこかしこに埋まっている。破壊は創造の始まりだから、最初からいろいろ、ぶっ壊してやろうという気まんまんの人もいるかと思われる。
■あるいは、「オレがルールだ!」内閣。政治主導の名のもと、大臣の権力が大幅にアップ。国民の絶大な支持を得て、激しい改革をすすめて、実際にその痛みを一部の国民が感じて抵抗しても、マニフェストという印籠をかざして、これが国民の総意だ!オレがルールだ!とかいって強引に進めていく。でも、これはファッショとかトータリズムとかの入り口に通じるかもしれない。
■たとえば郵政問題。政治権力で、西川善文社長更迭するというのは、正直、それでいいのか、と思っている。個人的には好きじゃない人でも、株主総会で企業に利益をもたらした人として認められ、労組からも評価されている人を、大臣がルールはオレだ!マニフェスト実行が正義だ!みたいな感じで解雇すると言うのは、どうも権威主義的ファシズムっぽくないか。解雇するなら経営者としてどういう責任が問われるべきか、株主総会なり役員会で語られるべきだと思うのは、私だけか?
■あるいは金融モラトリアム。大臣がオレがルールだと、オレが決めるんだと言われても、先進国でそんなやり方アリなのか、それでいいのかと、不信感がさきにきてしまう。例がないとはいわないけれど、たとえば東京直下型マグニチュード8・0みたいな大地震がきて、首都圏が焼け野原になったときみたく、誰の目にも、モラトリアム法案が必要だと思える状況と、現状はちょっと違うのでは。私は正直、ものすごく不安。
実家の地元の地方銀行に預けている虎の子を今のうちに大手銀行に移しておくべきなのか、一瞬と考えちゃったよ。地場小規模企業に貸し付けている地方の中小銀行だって、今の不況で苦しんでいる中小企業だろう。もちろん、そういう手当てもセットで考えているのだろうけど、金融市場にそんなに手軽に国家権力が介入していいんだろうか。なんか、中国みたいだ。
■千葉景子法相が、しょっぱなの会見で事件捜査への指揮権発動が「制度的として認められる」と念押ししていたのもちょっと怖かった。ひょっとして、この人はこの伝家の宝刀を使う気まんまんなのだろうか。私はずっと、そのような権力は形式上のもので、本当にそんな刀を振り回そうという大臣が登場するとは想像していなかった。
■しかも、民主党内部には鳩山首相の故人献金問題や小沢幹事長秘書がからむ西松事件という検察当局が執念を燃やすテーマが熾きのようにくすぶっている。そういう場面で、この発言の真意はどこにあるのかな、と思った人も多いだろう。
■かつて、西松事件について、民主党は自民党による国策捜査説をぶちあげていたけれど、私はこれはむしろ「大物政治家と対決する」という検察側の執念ではないかと思っている。検察というのも権力だから、権力VS権力の戦いであり、確かに権力闘争なともいえるし、そこに暴走ともとれる勇み足もあったかもしれないが、2大政党の政争の中で検察が手駒として使われたという印象というか痕跡は、少なくとも私の目には映らなかった。まあ、お前の目が節穴だからだといわれれば、返す言葉はないが。
■千葉法相は、かつて人権派弁護士として、あるいは旧社会党マドンナ候補として、テレビ番組などにもしばしば登場していた。古い番組のVTRなんかをネット上でたまに見かけると、なかなか見た目はチャーミングな女性だが、死刑制度反対、国旗国歌法反対、在日参政権賛成、選択的夫婦別姓賛成という、根性の入ったリベラル左派だ。北朝鮮の拉致実行犯・辛光洙元死刑囚の釈放嘆願書に署名したことでも知られている。この人が「オレがルールだ!」を発動したら、あっという間にすごく日本社会の様子がかわるような気がする…。
■政治主導の政策というのは、結局、大臣の価値観、信念が、それまでの蓄積された手法やシステムより、公務員試験に合格して経験をつんできた官僚のノウハウより、優先されるということなんだろう。多くの人はそれを望んでいるのかもしれないけれど、前のエントリーでも述べたように、私は中流の今の暮らしにそこそこ満足している世代なので、これからくるかもしれない大きな変革の波にドキドキしているのだ。私には与党のマニフェストで実行されなきゃいいのにな、という項目が少なからずある。
■雑巾がけで、日本を大掃除してほしいという期待は確かにある。自民党を中心とした長期政権の間にたまった汚いオリ、利権構造、妙なしがらみは、きれいすっきり洗い落としてほしい。だが、力をこめてぞうんきんがけしているうちに、この内閣には母屋の柱をばきばき折っていきそうな、パワーと自信と強い意思を持つ人もまじっている。そうしたら、新しい日本を建て直せばいいじゃないか、って?それ、できるんですか。
■私が新内閣ができたとき、一番、不安を感じたのは、鳩山首相の就任会見で、冒頭の抱負のなかでこんなことを言っていることだ。
■鳩山首相はこう述べた。
「多分、いろんな試行錯誤の中で、失敗することもあろうかと思います。是非国民の皆さんにも、ご寛容を願いたいと思っております。なんせまだある意味での未知との遭遇で、経験のない世界に飛び込んでまいります。政治主導、国民主権、真の意味での地域主権の世の中を作り上げていくためにさまざまな試行実験を行ってまいらなければなりません。したがいまして、国民の皆様方が辛抱強く、新しい政権をお育てを願えれば大変幸いに思っております」
■この正直もの、謙虚なお人だ、と好感をもった人もいるかもしれないが、私は「欲しがりません、勝つまでは」という大政翼賛会の標語をふと思い出した。
■まあ、まだ新生日本丸は出航の汽笛を鳴らしたばかり。船長の腕前がどの程度のものか分かる前にあれこれ不安がるのはよくないか。本当は港に残って待っていたかったけれど、船に乗らなきゃ始まらない。嵐は避けられないかもしれないけれど、せめてモビーディックがいると分かっている海域に自ら航路をとるのはやめてほしい。
杜父魚ブログの全記事・索引リスト

コメント

タイトルとURLをコピーしました