4087 政治家の生き方、死に方 平井修一

失意のどん底にあると生きる気力が萎える。「もういいや、やることはやったし、これから出番はないだろうし・・・」。
己の意志でもって生きる人生はせいぜい30年である。30歳から60歳まで。昇って10年、昇りつめて10年、降って10年。後はおまけだ。
60代、70代で活躍している人は例外で、普通は60歳あたりでオンナ、サケ、カネ、メイヨなどの煩悩からほぼ解脱する、生きる気力が萎えてくる。
小生のように「無我夢中、時々てれてれ、毎日晩酌」人生と違って、まじめな人は30年間もがむしゃらに走るから、ある日、ぽきっと疲労骨折したり、突然死したりする。
政治家は有名人だから常に衆人監視のなかにある。マスコミやらパパラッチに狙われる。言動に注意しなくてはならない。心の安らぐ間がない。経営者が睡眠中も資金繰りでうなされるように、政治家は「落選」やらスキャンダルにうなされるだろう。
政治家は一国一城の大将である。臣下や支持者を鼓舞する情熱と、その一方で冷静な計算・判断力・観察力による指導力が求められる。それを持てばオーラを発し、周囲もそれになびくが、「落選すればただの人」だ。
次の選挙で当選する保証はない。第一、よほどのタニマチか資産でもない限り、生活費にも事欠くだろう。マックス・ヴェーバー曰く「政治のために生きるには十分な資産か十分な収入がなければならない」。
「北海のヒグマ」父一郎からジバン、カンバン、カバンを引き継いだ二世のモロサもあったろう。
「世襲の君主ならば既に定められた政策を維持して不測の事態に対処するだけで統治は事足りる。この場合には君主は平均的な能力さえ持てば国民に好感を持たれる」(マキャベリ)
平均的な能力の人が大臣として担がれ、「将来の総理候補」などと持ち上げられたから、神輿からころげ落ちれば、その落差は大きい。眺める景色はまったく違い、訪ね来る人もいなければ、外出する用もない、「俺の人生はもう終わった」と普通の人は思うだろう。七転び八起きの鈴木宗男とは違うのだ。宗男の日記から――
<昭和58年の最初の選挙で骨肉の争いとか、確執とか言われたが中川一郎先生は世襲反対論者だったが息子さんが出る以上、息子さんの事を心配されたであろうし又、私の事も心にかけてくれたと思う。だから私は二人当選することが天国の中川一郎先生に報いる事だと思いながら戦った。・・・
私は中川昭一さんに対しては堪えずお仕えした人の息子さんという思いで接してきた。その最大の証(あかし)、出来事は平成7年中選挙区制から小選挙区制になった時、中川昭一さんは十勝、今の11選挙区を希望した。
私も十勝生まれ、十勝育ち、ましてや先祖の墓もある生粋(きっすい)の十勝っ子である。中川さんは東京生まれの東京育ちだ。私にもこだわりがあったが釧路根室管内に国替えをし中川さんに譲ったものだった>
逮捕・起訴、下獄、がんにも負けずに再選を果たした(小生思うにマムシのような)たたき上げの宗男と「ひと転びゼロ起き」のお坊ちゃま昭一。それにしても56歳とは・・・断酒してやり直しもできたかもしれないのに、と惜しむのは未練か。合掌。
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