4143 安来市(島根)で食した「お弁当」の味 岩見隆夫

いったん決めた予算を削るのは、エンピツを削るようなわけにいかないことはわかっていた。だから、十四兆補正予算の約二割を削り込んだのは大収穫である。不要不急のお金をこんなに計上していたことが判明したのだ。


政権交代の値打ちがいろいろな形ででてくる。もし交代していなければ、水ぶくれ分を抱えたまま予算が執行され、すべて国民のツケになるところだった。


だが、すべてよしとは言えない。新政権は削ってしぼり出したお金を、マニフェスト(政権公約)で示した政策実施の財源に充てるという。こんどは、その政策の点検も必要だ。鳩山由紀夫首相や閣僚は、「すべての公約が国民に認められて選挙に勝ったのだから、公約通りにやるのは当然だ」


と言わんばかりで、あたかも黄門様の印籠のごとくマニフェストを振りかざしている。しかし、それは違う。有権者は必ずしもマニフェストを子細に読んで民主党に票を入れたわけではなく、政権交代の必要を痛感した結果である。


だから、実施段階になって、削ったり修正したりする必要があると考えれば、やればいい。国民の期待を裏切ることにならないどころか、マニフェストの充実、発展になる。


たとえば、当コラムでも批判したことがある〈子ども手当〉にしても、一人当たり月額二万六千円の積算根拠は聞いたことがない。多々ますます弁ず、の発想だけなら、自民党製の予算と同様、水ぶくれの批判がでる。


かりに二万六千円を二万円に押さえると、年間財源は五・三兆円から四・〇兆円に、つまり一・三兆円浮く勘定だ。新政権は、二万円ではだめで、二万六千円でなければならない理由を説明しなければならない。そんなことがほかにもたくさんある。


お金の話はどうもギスギズしていけない。しかし、お金は大事だから、時に目の色が変わる。削りに携わった新閣僚のみなさんも、初体験の悪戦苦闘だったろう。


だが、今週はこのぐらいにしておく。あとは、お金でなく、お弁当のことを書きたい。柄にもなく、〈お〉をつけたくなる、うれしい体験だった-。


四日の日曜日、米子空港経由で島根県安来市にお邪魔した。宍道湖と並ぶ中海に面した、人口四万三千人のおっとりした町である。安来節とどじょうすくいの踊りで知られるのはご存じのとおり。


町村合併で新生・安来市がスタートして五周年の記念式典で講演するための訪問である。講演前、市役所の応接室で昼食をいただいた。


薄い布の風呂敷に包んだ弁当だった。ほどくと、六角形の折り詰め二段重ねだ。地産地消弁当〈やすぎの幸〉とある。


◇地域の自負伝わる逸品 きめ細かい味覚に脱帽
ふたを取る。まず〈葉っぱの取り扱いについてお願い〉と書いた紙片が目に入った。


〈当店では、料理の仕切りや飾りに人造のバラン(葉蘭)ではなく、野や山に自生している葉っぱ等を使用しています。これらは食用ではありませんので、お召し上がりになりませんようお願い申し上げます。本日はご利用いただきありがとうございました〉


と。さらに、その下に手書きの〈お品書き〉、読む前に箸をつけた。


まず、ドジョウのからあげ、いい風味だ。次に好物のだし巻きたまご、うまい。栗ごはんもひと口、栗の甘さがとてもほどがいい。


「ほー……」と思わず声がもれた、私の口から。この三品のほか、シジミの佃煮、タニシの佃煮、牛肉のミニステーキ、炊き合わせ、おひたし(水菜)、季節の野菜天ぷら、長茄子の煎りだし、茗荷の甘酢漬け、青梅のカリカリ漬け、ブドウの十品。


どれも大満足だった。すべて少量ずつ、それがまたいい。駅弁にも目がないが、こんなにきめ細かい、味覚を堪能させられた弁当にめぐり合ったことはない。感動に近い気分になった。


お品書きには〈生産者のみなさん〉の記述もあった。十一人の個人名と養鶏場、栗農園、黒毛和牛肥育センター、グリーンセンター(野菜)など。たとえば、ドジョウ・タニシの生産者は、〈4・2 遠藤稔さん(西松井町)〉


と記されている。数字は弁当製造店〈うえだ〉からの距離(キロメートル)を示しているという。


〈本日の食材は安来市の生産者のみなさんが「地球環境にやさしい農業」にこだわって大切に育てられたものばかりです。どうぞご賞味くださいませ〉とも書き添えてあった。


弁当一つが心を豊かにしてくれる。それだけで、初めて訪れた安来市が身近に感じられた。最初にいただいたドジョウは、市役所の要覧によると〈市の魚〉だそうで、


〈食せば栄養価も非常に高く、昔から「ウナギ一匹、ドジョウ一匹」(カルシウムはウナギの約九倍、ビタミンB2はウナギの約二倍)と言われるほどである〉とPRも念入りだ。


私はこれまで食べ物のことは書かない主義できた。味覚ばかりは個人差が大きく、自分の味覚のランクにも自信がない。私が「おいしい」と言ったところで、ほかの人に通用するのかわからないからだ。


しかし、地産地消弁当だけはご紹介したい、と思った。ただの弁当でなく、この地域の文化、自負、やさしさのようなものが伝わってくる。ギスギス社会をつかの間、忘れさせてくれた。


帰りは出雲空港から。空港売店で安来市の沖合い、隠岐島産の粒ウニのビン詰めを買い求めた。これがまた上等な味、本当にツイている一日だった。


帰京した翌日、製造元の〈うえだ〉に電話を入れてみた。


「四年前から作っています。少々思い入れがありまして、最低三日前までにご予約いただいたお客さんだけなんです。不特定多数の方にはお売りしていません。残ると生産者のみなさんに申し訳ないですから。仕入れも注文分だけ一日一回です。年間六千個ほどでしょうか」


という話だった。一日平均十六個の少量製造だ。値段を聞きそびれたが、お金のことは念頭になかった。(サンデー毎日)


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コメント

  1. 島根室蘭 より:

     日本の製鋼所の原点、安来ですね。最近ではゲゲゲの女房で有名になっているところですね。ヤスキハガネは世界一の切れ味で私もお世話になっています。

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