鳩山外交のネタ元と判明した寺島実郎氏の論文について、評論家の山際澄夫氏がWILLの最新号に書いている論文の内容をさらに紹介しましょう。
空疎な「反米媚中」の勧めが述べられている、と山際氏は指摘します。
危惧された媚中政治
もともと民主党政権下では媚中政策が危惧されていた。
民主党は日米同盟について、「安全保障の基軸」と口では言ってきたが、本当に基軸とするためにどう汗をかくかは一切示さず、逆にイラクやインド洋への自衛隊の派遣、米軍再編、日米地位協定、おもいやり予算、等々、日米同盟の根幹に関わる政策には、ことごとく反対してきたからだ。
同盟軽視の象徴的な出来事が、小沢一郎氏が党代表のとき、自衛隊派遣の継続を求めに党本部を訪問したシーファー前米駐日米大使を個室に招き入れようともせず、新聞記者の前で門前払いを食わせたことだろう。
「米国の言いなりにはならない」ことを示すパフォーマンスのつもりだったのかも知れないが、訪中して胡錦濤主席と会談したときは、「まるで皇帝に拝謁」と週刊誌に笑われたほどかしこまったのに、日米同盟に対してはこういう児戯にも似た横柄な態度を平気でとったのである。
その小沢氏が日米中関係を「正三角形」に例えたのはよく知られている。正三角形とは日本から見て米国、中国を等距離とする外交である。
同盟国に対するこれ以上の侮辱はあるまい。鳩山首相が「東アジア共同体」構想を繰り返すのは日米中「正三角形」外交の実践に乗り出したと言えるだろう。
そして、寺島実郎氏が文藝春秋十月号に寄稿した論文こそ、日米同盟を根本から見直す「駐留なき安保」を論じ、日米中を「正三角形」の関係とするように求めたものなのである。
「反米入中」がテーマ
寺島論文には〈「米国追従から決別し、真に自立するための大原則〉という副題がある。
これが示唆するように、論文は日米同盟が果たして役割については具体的に検討することもなく冷戦終結後の日本の外交防衛政策のすべてを「米国追従」と切って捨てたものである。
この寺島論文を読んで筆者が真っ先に想起したのは、朝日新聞が平成十九年五月三日に掲載した「日本の新戦略」と題した外交、安全保障についての社説集である。
これは八ページにわたって二十一本の社説を並べた壮大なものだったが、その内容の空疎さ時代錯誤ぶりも前代未聞としか言いようがなかった。
何しろ、外交防衛の新戦略のはずなのに、そこでは北朝鮮による拉致事件や核実験、ミサイルや中国の軍事力拡大や東シナ海での主権侵害という「さし迫った脅威」にどう取りむのかが、ほとんど検討されていなかったからである。
寺島論文もこれとまったく同じで、冷戦終結後、朝鮮半島有事や台湾海峡有事に備えて日米同盟を見直してきたことすら「対米追従」「冷戦型思考」と決めつけ、日本の真の自立の大原則として、〈日米中の三カ国関係において、トライアングルを正三角形により近づけるような「対米」「対中」外交戦略を、日本は目指すべきなのです〉と述べているのである。
しかも、自立というならまず、自前の防衛力強化の方策を示すべきだろうが、そのことには沈黙を貫き、寺島氏は集団的自衛権の行使や武器輸出三原則の撤廃すら冷戦思考として退けている。
また、憲法改正などもってのほかというニュアンスだ。
また、在日、在韓米軍については撤兵し、ハワイ、グアムに有事に派遣される「緊急派遣軍」の創設を提案している。
寺島版「駐留なき安保」というわけだ。
その上で寺島氏は、〈東アジア安定のためのコストを日本が応分負担することにすればアメリカも納得するのではないでしょうか〉という。
こういう、何があっても米国は日本を防衛してくれると考える甘えた議論を聞くと、その能天気さに呆然とせざるを得ないが、問題はそれで本当に日米同盟が機能するのかである。
自衛のための自らの努力もせず、集団的自衛権も行使しない国に米軍が危険を冒して朝鮮半島や台湾海峡有事に犠牲を払うだろうか。
また、寺島氏は中国の経済的発展による米国との世界秩序の〈「G2化」(二極主導化)〉は強調しても、中国の軍事的脅威についてはまったく触れていないが、米国がハワイまで引けば、そこまで中国が入ってくるのは中学生でも分かるだろう。
寺島氏は〈反米でも嫌米でもないかたちで、冷戦の枠組みをどう脱却していくか、そして駐留米軍を削減して、日本の主権を回復する。アメリカと「大人の関係」をどう構築していけるかーここが知恵の出しどころです〉と述べ、ポイントは〈親米入亜〉だというが、どこをどう読んでも「親米」とは読めない、「反米入中」の間違いではないか。
「大人の関係も」も結局は、あられもなく中国にすり寄ることを意味している。
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4345 鳩山首相がマネをした寺島論文の反米媚中 古森義久
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