4367 トーさん弁当と牧歌的な世論調査 古沢襄

世論調査というと共同政治部の大先輩・戸塚さんを想い出す。誰も「戸塚さん!」と名前をいう者はいない。遙か後輩の私ですら「トーさん」。野党の記者クラブでトーさんキャップの下で働いたことがある。パイプをくわえてニコニコしていた姿が懐かしい。半世紀も昔のことになる。
江田書記長が左派の猛攻撃を受けて、退陣を迫られた。九段会館の廊下に各社が前線基地を設けて、社会党大会の左右両派の票読みで大わらわ。共同の取材席に戻ると肝心に戸塚キャップの姿がない。兵隊どもは「トーさんはどうした!」。
そこに悠然とトーさんが現れた。私たちのために東京駅に行って駅弁を買っていたという。「トーさん!弁当どころじゃない。キャップはドーンと構えていてくれなくては・・・」と私たちは噛みついた。だが考えてみると朝から飯を食っていない。左右両派の票読みで社会党書記のところに朝回りをしていた。
文句をつけながら、トーさん弁当を夢中でかき込んだ。戦後、10年余りの牧歌的な取材に明け暮れた時代の話である。時には新橋駅前の”しのだ寿司”を買ってきてくれた、やはり腹が減っては戦(いくさ)は出来ない。
そのトーさんが初代の世論調査室長になった。
一夜、トーさんの奢りで縄のれんでご馳走になった。私たちは世論調査なんてハナから相手にしていない。事実、各社の世論調査の選挙予測は滅多に当たらない時代であった。トーさんから世論調査の手法を講義されたが、まさにチンプンカンプン。講義する方だってにわか勉強だから、私たちに分かる筈がない。
世論調査室に行くと、穴が空いたボール紙に長い金串を刺して何やらやっている。層化二段式とかいう無作為の調査方法で、質問相手を決めるのだという。それで質問相手を決めて、学生アルバイトを動員して、質問票を回収するのだという。
トーさんは悠然とパイプをくゆらせていた。
何度かの選挙を経て、世論調査もいくらか当たる様になってきた。長い金串も姿を消して、電話帳から質問相手を無作為に決める手法が発達した。だが学生アルバイトの中には喫茶店で勝手に質問票に書き込む輩もある。質問相手に電話をかけて、学生アルバイトが行ったかどうか、確認する手間が加わった。
その頃に較べれば、世論調査の手法も格段と進歩している。トーさんが引退して世論調査室長も何人も代わった。各社の事情も大同小異だったろう。引退したトーさんも亡くなって久しい。今では各社もコンピューターを使って、調査結果のナマ・データを処理している。
マスコミがコンピューター・システムを導入したのは昭和40年台。どういう巡り合わせか知らないが、労務担当になって、労働組合と電算化交渉で汗をかく八年間を過ごした。時折、牧歌的時代のトーさんを想い出している。トーさん弁当も遙か昔のことになった。
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