4680 矢巾温泉郷でインターネット古書販売 古沢襄

10数年昔の話になるが、わが家に遊びにきた高橋征穂さんが、父や母の代から持っている古書の多さに驚いていた。およそ一万冊になろう。父や母の蔵書は三〇〇〇冊、空襲が激しくなった東京から信州の上田に運び出し、敗戦後、東京に持ち帰った。
後の七〇〇〇冊は神田や早稲田の古書店から閑にあかせて買い求めた。高橋征穂さんは盛岡で上の橋書房という古書店を開いていた。盛岡に行くたびにこの古書店に寄った。約一〇万冊という古書が雑然と積み上げられている。学者が亡くなると小型トラックに一杯、蔵書を仕入れるのだという。
遺された家族にとって山積みの蔵書などは紙くずの山に過ぎない。私の一万冊の蔵書も死ねば、その運命にある。その頃、神田の古書店でインターネットを使った古書販売が始まっている。まだバブルの余塵が冷めやらぬ時だったので、高騰する神田の土地価格のままで、旧態依然たる古書販売するのではコストが合わない。
一夜の歓談で酒を酌み交わしながら「これからは古書のインターネット販売の時代」と私が言ったら「廃校になった小学校を借りて、インターネット書店をつくるか」と征穂さんは応じる。「一〇万冊をパソコンにファイルするのは大事(おおごと)だな」というと征穂さんは酔った目でキョトンとしている。
パソコンを弄ったこともなければ、ファイルの意味も知らない。「なーんだ」ということで、一夜の酒飲み話で終わっている。数年前に盛岡の上の橋書房もたたんだという風の噂を聞いたが、その後、会うチャンスもなかった。
偶然のことだが、郷里の岩手日報に古書店「イーハトーブ本の森」が開店したと出ていた。矢巾温泉郷で廃業した旅館を借りてインターネットの古書販売を始めたという。
興味に駆られて「イーハトーブ本の森」にアクセスしたら高橋征穂店長とある。盛岡から矢巾温泉郷に移っていた。宮沢賢治ゆかりの南昌山ふもとの温泉旅館を改装した店内は約10万冊の蔵書があると出ていた。いかにも征穂らしい。古書店のかたわら地元の文化活動をしているのであろう。
私は11年前に「沢内農民の興亡」という本を出した。一八〇〇円の定価をつけたが、三分の一は売れ残った。インターネットで検索したら「沢内農民の興亡-古澤元とその文学」が、新しいもので一五〇〇円、古くなったものが一〇〇〇円で七冊、売りにでている。
他の古書店では二〇〇〇円の値段がついている拙著だが、文句をつけても仕方がない。そのうち矢巾温泉郷を訪ねて、嫌みのひとつでも征穂さんに言おうと楽しみにしている。
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