4806 シランプリンス作「坂の下の沼」 平井修一

ケンカをするときは相手が対等以上でないと「その気」にならない。バカとか、禁治産者とは争う気にはならないものである。「相手にしたってしょうがない」
鳩山政権はゼリー、あるいはコンニャクで、煎じ詰めれば無色無臭、中身がまったくない。霞のようで、こちらが相撲をとろうと思っても、15分でころころ姿を変える変幻自在だから訳が分からない、実体がどこにあるか分からないからつかみようもない。けんかができない。
小生は人生60年を生きて、その20年は創業社長だったが、その経営者の目で見ると、企業社会で言えば鳩山は「くず」で、「ほとんど使えない」社員だ。社史編纂室で飼い殺すしかない、一種のバカである。使い物にならん。
一応、口はきけるが、「多くを話しても、何も語らなかった」という、信じられないほどの軽さ、スカタンで、ラーメン煮えたもご存じない、10億円の小遣いも知らん振りという、ほとんど少年か幼児か、いずれにしてもまともな大人ではない。甘やかされて、苦労知らずで育つと、こういう異人、変人、かたわ・・・そう、バカが生まれるのである。
バカを総理にしたのは国民で、国民の知的レベルも民放テレビ並で、国民は日本の溶解をこれからしばらく見ることになる。日本は一流から二流、そして三流へと堕ちて行くのだが、その惨めさをたっぷり味わうがいい。テメエのまいたタネだ。
小生は冥土へ行っているから、知ったこっちゃない。国民の半数以上が総理と同じバカだと分かったから、もうこの世に何も期待しない。自ら招いたのだから勝手に貧乏をしたらいい。友愛だからメシの配給にはありつけるだろう。うまくいけば生活保護という特権階級にもなれるぞ。
まじめでまともな少数派の国民がウンザリし、社会のクズや中韓の適性異邦人がニンマリする社会へ日本は堕落していく。デフレならぬダラク・スパイラルである。
多数派の国民が「ちょっとお試しに」と鳩を選んだのだ、民主主義で。操縦席に「シランプリンス」のバカを入れてしまった、ミズホという共産主義者も一緒に。
管制官は小沢皇帝である。天皇陛下を「日王」として見下している。すべては皇帝の意のままに動くべし、それ以外は許さじというから独裁者で、スターリン、毛沢東の類である。
民主党には小沢に物申す党員は一人もいないから中共と一緒である。ほとんど一党独裁。ハニー谷垣自民もその亜流でしかない、「好きです。中共」。
鬼畜米英蘭豪との戦では不覚をとったが、明治維新以来の142年、日本は平成の御世まで成長してきた。「坂の上の雲」をずっと見てきたが、これからは「坂の下の沼」へと進んでいく。「ダメ、絶対」と言っているのに「ちょっと、お試し」と容共左派に浮気したツケはずいぶん高くつくだろう、ま、自業自得だから、せいぜい苦労するがいい。
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