4843 「私の体には国家が入っている」 岩見隆夫

政界最長老の中曽根康弘さんが、最近こんな話をしている。「国家論というものがあって、学生のころなどに国家論をよく勉強しましたが、戦争に行って初めて国家というものが自分の体の中に入ってきたと思います。
石原慎太郎さんと時々対談をしますが、私が『私の体には国家が入っている』と言うと、石原さんは『私にも入っている』と言うので、私は『君にも入っているだろう。しかし、私の中に入っている国家と君の中に入っている国家は同じものだろうか』と言ったことがあります。皆キャリアが違うので、その時に受けたインプレッション、自分が生まれ落ちてきてからの環境やその後の社会的影響によって、各々が自分のものを持っています。
しかし、人間として、国民として生きていく上に大事なことと、政治家として大事なことは同じです。政治家になった場合に、どのように国家というものを自分のものにし、どうようにわが愛する国を世界の中に調和させていくかという、さらに高度な立場に立って物事をなしてきたと思います」
少し長い引用になったが、これは昨年十二月、東京都内でやられた講演の一節である。
「私の体に国家が入っている」
という言い回しがすごく強烈で印象的だった。ほかの政治家の口からは、なかなかこういうセリフは出てこない。国家のあり方をたえず念頭に置きながら、六十年余政治家生活を送ってきた中曽根さんにして初めて、と思いながら、やや意表をつくこの言葉を聞いた。
考えてみれば、いまいちばん求められているのは国家論であり、中曽根さんの講演にも、〈政治家の本領〉という演題がついていた。だが、正面から国家論を語る政治家がいない。部分的には言及しても、体系的な立論がない。
沖縄の普天間基地移設問題が迷走を続けるのは、国家論の裏打ちに欠けているからだ。民主党のマニフェスト(政権公約)が崩れていくのも、国家論から出発していない弱さのためである。民主党の、
〈コンクリートから人へ〉
という発想は悪くないが、スローガン的で軽い。国家と国民をどの方向に導いていくか、について奥深い議論を重ね、絞り出してきたものとは思えない。
今年も昨年に劣らず、政治が躍る年になりそうだ。政治リーダーの質の低下と政界の人材不足が言われているが、そんななかでも政治家の勘だけは鋭く、年初から小間切れの蠢動が続いている。何かが始まりそうな予感をだれもが抱いているようだ。
◇再編の肝〈議論の対立〉 政治家は国の形を語れ
たとえば、自民党の中川秀直元幹事長が、「政党は新しい社会の姿、枠組みを示すことが必要だが、民主、自民両党は示し得ておらず、国民への使命を果たしていない。目指すべき日本の次の『坂の上の雲』を共有する者が結集し、国民も結集した時に政界再編が起きる。序幕は参院選前に始まるのではないか。
トラトラトラ(日米開戦・真珠湾攻撃の暗号『われ奇襲に成功せり』)と報告できるよう全力を尽くす。わくわくするような一年にしたい」(一月十一日)
と述べれば、〈舛添新党〉が噂される自民党の舛添要一前厚生労働相は、
「自民の中でやるべきことはやっていく。しかし、大きな政治のうねりの中で、行動すべき時は行動する。新しい感覚で政治をする人たちを糾合することも必要だ」(一月五日)と新党結成、政界再編をほのめかすアピールをした。舛添さんはまた、
「政界再編になれば、私はその中核になる」とも言っている。
中川さん、舛添さんらが共通して射程に入れ始めたのが〈政界再編〉への胎動だ。自民党はもちろん、民主党の政党としての将来性にも限界があるとみてとり、早晩、政党の組み替え、永田町用語で言うガラガラポンが起きる、と想定している。
さて、二〇一〇年政局、どんな展開になるのか。政界再編の流れはいまに始まったことではない。一九九三年夏、細川連立政権の誕生を境に、日本の政治は連立政権時代に入り、以来政党の離合集散による再編が再三起きてきた。
だが、昨年夏の衆院選で民主党が大勝し、さらに今年夏の参院選でも同党が単独過半数を制しそうな気配が強まった。そうなれば、民主党単独政権が実現し、十七年ぶりに連立時代に幕が下りる。
ところが、それに逆らうかのように、政界再編論がにぎやかだ。なぜなのか。民主党で参院選を取り仕切っている小沢一郎幹事長は、数年前のことだが、インタビューで、民主党が政権を取れば政界地図はどう変わるか、と問われて、次のように答えている。
「その時は、自民党がバラバラになり、もう一度再編が起きる。われわれの側(民主党)でも議論の対立が出て、分裂するかもしれない。いまの(自民、民主の)勢力が固定したものとは思わない。
二大政党制が定着し、議会政治がレールに乗るには、再編がもう一度必要で、そのためには自民党をつぶさなければならない」
小沢さんが徹底した再編論者であることがわかる。単独政権が最終目標でなく、参院制覇は自民党つぶしの手段と位置づけているらしい。その後の再編をもくろんでいることは、いまの民主党も不完全な政党とみているわけで、〈もう一度の再編〉によって、二大政党に値する枠組みを作りたい、と小沢さんは構想しているのだろう。
小沢さんをめぐる〈カネの疑惑〉がさらに燃え広がれば、民主党の参院制覇も危うくなる。そうなると、再編への機運はさらに強まるとみていい。
何が再編の基軸になるかが重要である。かつて、親小沢、反小沢で政党の離合集散がやられたこともあったが、それでは政党政治のレベルアップにならない。ただの怨念ゲームである。小沢発言のなかの〈議論の対立〉が肝心で、対立の中心は中曽根さんが言う国家論でなければならない。
全政治家はもれなく、それぞれの条件のもとで、〈体に国家を入れる〉ための研鑽を急ぐ時である。(サンデー毎日)
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