4995 理由なき朝青龍の追放 石岡荘十

唐突な問いかけだが、朝青龍が「横綱の地位保全」を求める訴えを起こしたら、日本の司法はこれをどう判断するか、日本の相撲ファンはどう反応するだろうか。
国技である相撲の力士として土俵上での振る舞いに「品格」がないこと、土俵外では暴力事件を起こしたことなどを理由に、朝青龍が角界から“追放”された。高額な退職功労金も支払われることとなり、「一件落着」と相成ったが、どうも喉元に小骨が残っているようで居心地が悪い。
と、メールマガジンJMM(主宰:村上龍)2月10日号がこの問題を分析する記事を掲載している。筆者はニューヨーク在住の国際税務専門職・肥和野佳子氏。その要旨を引用しながら問題点を整理する。
<私は小さい頃から大相撲を見るのが好きだ。今でもTVJapanというNHKの番組を中心とした日本語放送でニューヨークからでも毎場所見ていて、日本に帰省するときは両国国技館に行くのを楽しみにしている>という。
<横綱朝青龍の引退は米国の主要なメディアではほとんど取り上げられていないが、インターネットで検索すると、いくつかのニュースやそれに対する掲示板に米国の視聴者の意見が書かれている。日本でも、モンゴルでも米国でも納得していない人はいる>
肥和野氏は言う。
<朝青龍の場合は「品格」が問題にされた。「品格」とは何か。基本的には「文化」「価値観」の問題だろう。「文化」や「価値観」で人を裁いてよいのかということ。法的根拠として誰もが納得するような規則が日本相撲協会には欠如していることが最も問題と思う>
誰もおかしいと感じていなかった“日本人の常識”の虚を突く発言である。
日本相撲協会は財団法人であるが、同時に利益を挙げる興行団体の側面を持つ。力士は日本の伝統を尊重することを期待されながら、相撲を生業とし、これでメシを喰っている労働者でもある。そう考えると日本相撲協会が経営者、力士はそこの従業員という関係になるわけだから、普通の企業なら「就業規則」や「懲戒処分」を社則で定めていなければならない。
それに当たる相撲協会の規則は「寄付行為」、「寄付行為細則」というものに書かれてある。制裁、懲罰の規定は「寄付行為細則」の第95条、96条にある。ところが<こうした処罰はどういう行為をしたら受けるのかについては何も書かれていない。すなわち、罰だけがあって、罪とは何か書かれていないという摩訶不思議な状況になっている>のである。
人を処罰するためには法によらなければならない。つまり、近代的な法治国家においては罪刑法定主義が基本である。
<通常なら「これこれの規定に反する行為を行ったものは以下の処罰を受ける」とか書かれて、どのような行為が処罰の対象になる行為なのか、具体的にいくつか書かれているはず>。ところが<日本相撲協会は明確な法的根拠がないまま、時として一貫性に欠けることもあるやり方で、人に処罰を与えていることが問題>なのだという。同感である。
この業界では、これまでにも大麻所持で解雇になったロシア人力士が問題となったり、弟子を稽古という名の元に死に至らしめたりした事件もあった。が、このようなケースでは相撲協会の世話になるまでもなく、大麻取締法や過失致死、殺人などの法にもとづいて処分が行われ、相撲界から放り出された。
それでも彼らは不当な解雇であると日本相撲協会を相手取って訴訟を起こした。逮捕されるということは単に一時的に拘束されるという状況にすぎず、裁判で有罪が確定するまでは「推定無罪」のはずなのに、である。朝青龍のケースでも<解雇にあたる法的根拠がどこにあるのか、日本相撲協会に対して疑問をもつ人はいた>
朝青龍の場合、暴力事件も有罪が確定したわけではない。「日ごろの行い」が顰蹙を買い、「品格」を問われたに過ぎない。そのことを理由に追放、事実上の懲戒解雇を喰らったのである。地位保全の訴えを起こしたら、司法はどう裁くのだろうか。
相撲道を理解できていないことを理由に排除をする。<外国から見れば「異質性を排除する日本」と映るかもしれない>
<その国の伝統やしきたりを尊重せよ」というのは当たり前のモラルとは思うけれども、価値判断の違いによる「いさかい」を避けるためには、やはり、明文化された規則は必要だ。価値観は社会や時代によっても変わる。規則の前にまず「文化」というのではなく、現代では、まず規則が必要で、そうすることで日本の伝統である相撲文化を守ることにもつながると思う>と肥和野氏は結論付けている。
外国人が相撲界に入ってきて、相撲の“国際化”を言うのなら、外国人にもよく分かるシステムの改善が求められる。いま、ボールは日本の相撲界にある。文字通り「裸の王様」を律するルール作りを急がねばなるまい。これこそが若き新理事の一番大事な仕事になるのではないか。
因みに、<オリンピック種目でもある韓国伝統の格闘技テコンドーには「Taekwondo Code of conductに違反する場合、選手は罷免となる」など細かいルールが決められている。不服審でヒアリングが行われる権利がある」というようなことが書かれてある>そうだ。 
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