日米同盟についての新しい連載を産経新聞2月15日付からはじめました。私自身の記者としての日米同盟に触れてきた体験を土台にして、現在や将来の日米同盟を考える、という趣旨の連載です。
第一回目には私自身がかかわった「ライシャワー核持ち込み発言」について改めて報告し、鳩山政権がこの発言が明かした「日米密約」をこれからどうしようというのか、疑問を提起しました。
日米同盟が揺れている。日本の新政権の政策漂流が主因のようだとはいえ、米国側でも歴代政権とは微妙に異なる姿勢がうかがわれる。
同盟の基礎となる日米安全保障条約が現在のように改定されて今年で50年、永遠の不変の同盟はありえないから、変容も再考も自然ではあろう。
だが日米同盟とはそもそも日米両国になにをもたらしてきたのか。将来への考察は過去や現在の検証なしには成り立たない。記者(古森)自身の日米安保関係の実際の動きに触れた長い体験を踏まえて日米同盟をもう一度、考えてみた。
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「日本国民が、そして日本政府が率直にこの事実を認めるときがもうきたと思うのです」エドウィン・ライシャワー元駐日米大使が日本への「核持ち込ませず」の虚構を明らかにしたとき、何度か力を込めて述べたのがこの言葉だった。
1981年5月、ライシャワー氏のボストン郊外の私邸でインタビューしたときだった。
日米安全保障について2時間ほど語るうち、彼は私の質問に答え、日本政府の核に関する「持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則にもかかわらず、米海軍の艦艇が長年、実は核兵器を搭載したまま、日本の領海や港に入ってきている、と明快に語ったのだった。
当時、毎日新聞記者だった私は、出向の形でカーネギー国際平和財団の上級研究員となり、日米同盟の諸課題を研究対象としていた。
5月の輝く陽光を浴びるライシャワー邸はおよそのどかにみえた。黒い犬が庭を走り、居間ではハル夫人が親類から預かったという赤ちゃんをあやしていた。
ハーバード大学を引退したばかりのライシャワー氏はそんな環境のなかで、くつろいだ口調のまま重大な発言をしたのだった。
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■ライシャワー発言認めた後 米側解釈、受け入れるのか
「日本側が『持ち込み』と訳すイントロダクションという英語は米側では核兵器を陸上にあげて配備することを意味し、艦上の搭載を含みません。だが日本政府は搭載艦の領海通過もそれに相当するとの解釈をとり、米軍の核はこれまで日本の領海にも港にも一度も持ち込まれたことはないと主張するのです」
この食い違いの許容は日米両国間の秘密の合意とされ、日本政府もよく知っているというのだった。
しかしライシャワー氏は両国政府からの激しい非難が予測されたにもかかわらず、なぜこの時期にそんな「秘密」を明かしたのだろうか。
いま顧みれば、「ウソをつき続けるのももういいかげんにしろ」という憤慨が大きかったように思える。同氏はもちろんそんな乱暴な言葉は口にしなかったが、「日本政府は日本国民にウソをついていることになる」とまでは述べていた。
ライシャワー氏はまた、被爆体験による日本国民の核への反発にも理解を示す一方、日米同盟では日本の安全保障が米国の核抑止力による「核のカサ」に依存している現実を指摘し、核抑止を受け入れながら非核三原則の「持ち込ませず」の虚構を続けることはあまりに矛盾であり偽善だとも述べていた。
なにしろ当時はいまと違い、ソ連が核戦力を増強して米国と対決し、日本周辺にもソ連の核兵器が満ち満ちていたのである。
だが日本の国民や政府が虚構を排し、事実を認めるだろうというライシャワー氏の予測も希望も実現はしなかった。
一連の世論調査で日本国民の多数派がライシャワー発言は真実だと思うと答えていたとはいえ、政府は一貫して、事実ではないとして排した。
その後の30年近くにわたって、その否定の姿勢になんの変わりもなかった。
そしていま民主党の鳩山新政権下、ライシャワー氏の指摘した「秘密の合意」をはじめとする「日米密約」の実態を明るみに出そうという作業が公式に始まった。
国家の防衛や安全保障の根幹にウソがあるという異常な状態を正すことは遅きに失したとさえいえよう。
ライシャワー発言を毎日新聞が大々的に報道したときから、一貫してこの虚構の排除を主張してきた私自身も大いに歓迎する動きである。
だが鳩山政権は「日米密約」の実態を照らし出し、ライシャワー氏の発言が真実だと立証したあとは、どうするのだろうか。
「持ち込み」については、年来の日本政府の見解を保ち、やはり米軍の核の領海の通過も寄港も認めないとするのか。
あるいは米国の年来の解釈を受け入れ、通過や寄港を認める「非核2・5原則」とするのか。
米軍はソ連共産党体制が崩れたあとの1991年以降、ライシャワー氏が指摘した空母や巡洋艦の戦術核兵器の搭載をやめた。だから「持ち込み」はもう問題ではないという主張もある。
だが日本周辺の核をめぐる状況はいつどう変わるか分からない。
日本が米国の核抑止を自国防衛に取り込む限り、その核の領海通過さえも禁じるというのは、あまりに矛盾がすぎるだろう。
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5004 鳩山政権は「日米密約」をどうしようというのか 古森義久

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