北朝鮮の貨幣改革が失敗した影響は想像以上に大きい。韓国の朝鮮日報は「北朝鮮は今 中朝国境地帯を行く」の企画記事で詳しく報じている。
さらに東亜日報は「北朝鮮のデノミネーション(通貨呼称単位の変更)の失敗は、北朝鮮の住民と指導者との間に存在した道徳的絆(きずな)を弱め、北朝鮮体制の耐久力に重大な損傷を生じさせた。今後、北朝鮮体制の存続は、住民の政治的態度の変化にかかっている」と事態の深刻さを伝えている。
韓国の政府系研究機関は一斉に「下からの抵抗で北朝鮮急変事態の新たな影響要因」が生まれているという観測を行っている。△蓄積された経済難△大衆の不満△権力層の自信喪失△国際的要因・・・の四つの要因で北朝鮮の社会主義体制が崩壊する危険性が生じているという。
<北朝鮮を脱出する人が増える中、脱北者に対する見方が大きく変わっている、と対北関係者が伝えた。また、昨年の貨幣改革以降、食糧難と物価急騰が重なり、今春から脱北者が大幅に増えるという見方も出ている。
■脱北者の家族を見て「わたしたちもあのように」
昨年初めに豆満江を渡って脱北した咸鏡北道出身のイ某さん(48)=女性=は、「わたしが暮らしていた地域は、2軒に1軒が脱北者の家庭だった。中国や韓国に渡った脱北者が北に残した家族に金を送って食べさせているため、今では脱北者の家庭をののしるどころか、むしろうらやましがっている」と語った。イさんは「わたしの息子は結婚する年齢になったのだが、周りから“あなたの家は家族が外国に行って経済的に余裕があるから、娘を嫁にやりたい”という人が大勢いると聞いて驚いた」と語った。
イさんは、北朝鮮に残した家族に中国の携帯電話を送って時折連絡を取っており、今年の旧正月(旧暦1月1日、今年は2月14日)にも電話で話した。イさんは、「中国や韓国では、男性より女性の方が簡単に仕事が見つかる、という事実が知れ渡り、北朝鮮では娘を生むと“ドルを生んだ”“人民幣を生んだ”という冗談話が流行っている。以前は、脱北者を“裏切り者”とののしっていたが、今では、チャンスさえあれば外国に行って金を稼ぎたい、というのが社会の風潮になっている」と語った。
北朝鮮はこうした風潮を抑制するため、国境警備を強化する一方、中国から強制送還された脱北者らを講演会に送り込み、「中国で人身売買組織に引っかかったら、奴隷よりひどい生活を送ることになる」と宣伝している。しかし、対北事業家らによると、北朝鮮の住民はもはやこれを信じていないという。北朝鮮の茂山、恵山、会寧などを訪れたある事業家は、「北朝鮮の宣伝に対し、住民らは“奴隷として売られたとしても、食事はできるのではないか”“中国がそんなに悪い場所なら、脱北した大勢の人々はなぜ帰って来ないのか”と問い返している」と語った。
また住民らは、「中国では子犬でも白米を食べているそうだ」として、「(人民に)白米と牛肉のスープを食べさせよ、という金日成(キム・イルソン)首領の遺訓を守れなかった」という金正日(キム・ジョンイル)総書記の言葉に対し皮肉や非難を口にしているという。北朝鮮当局は、1990年代には脱北者の家庭を処罰していたが、脱北者があまりにも増えたため、現在は残存家族に対する処罰を放棄している。
■貨幣改革の失敗、市場は修羅場に
丹東のある対北事業家は、「100対1のデノミネーション(通貨単位の切り下げ)を断行したが、物価が暴騰し、あらゆる物価が過去の水準に戻った。市場が再び開かれるというものの、商人たちは“政策があまりに気まぐれなため、これから先のことが不安で、持っているものも出すことができない”と話している」と語った。そのため、闇市場に限り、旧貨幣基準で個人同士の取引が行われている。
物価も、地域によって大きな違いがある。中国の物資が大量に入ってくる新義州の場合、コメ1キロの価格は300ウォン台(新貨幣基準)だが、咸鏡北道会寧や茂山では430ウォン、遊仙では520ウォン、清津では600ウォンまで跳ね上がり、貨幣改革以前の水準に戻った。人民幣のレートも、当初は100元(現在のレートで約1341円)で2500ウォンだったが、今では100元-6000ウォンまで落ちた。これにより、デノミの効果は完全に消えてしまった。
対北事業家らは、「こうした状態が当分の間は続くだろう。これは、市場経済の味を知り、それによって食べてきた人々が、再び統制経済に戻ることに反発しているため」と解釈した。
今回の貨幣改革で最も被害を受けた階層は、小規模商人と考えられる。消息通が伝えるところによると、中国と貿易を行っている華僑や政府貿易機関の幹部らは、金やドル、人民幣などの形で財産を保有しているため、大きな被害を受けることはなかった。しかし北朝鮮の通貨(旧貨幣)で持っていた商人たちは、集めた金が水の泡となったため、一晩で生活が窮迫した。北朝鮮当局は、貨幣改革の失敗に伴う民心の混乱を防ぐため、職場別の民兵組織である労農赤衛隊を20日間動員し、軍事訓練を実施しているなどと伝えられている。
■今春、脱北者急増か
最近、咸鏡南道地域を訪れたある対北事業家は、「食料品の価格が暴騰しているのに加え、入手が困難になっており、高齢者の餓死が増えているという話を聞いた。外部からの食糧支援が行われなければ、深刻な状況になりかねない」と語った。
これに伴い、住民たちは「どうせ死ぬのなら、中国に逃げて死にたい」と脱北の意志を明らかにしており、脱北者の数はさらに急増する、とこの事業家は語った。
脱北の動機と関連し、韓国から飛ばされる「風船ビラ」を見て脱北を決心したという人が多く、その影響力は極めて大きいと伝えられている。ある脱北者は、「金日成・金正日親子を批判する内容を見て、最初はショックを受けたが、火のないところに煙が立つのか、と思った。北朝鮮では韓国のビラについて、“われわれの腰を断つ作業”と反発している」と語った。人々の目をつぶらせておいたのに、ビラがその目を再び開かせることになったからだ。また、ビラと共に配られる米ドルや学用品は、北朝鮮住民の間で人気が高いという。
■「中国の携帯電話流入を防げ」
北朝鮮当局は最近、脱北者らが手に入れた中国の携帯電話を通じ、北朝鮮内部の話が外部に知れ渡ることに反発、強力な取り締まりに乗り出したという。
この携帯電話は中国の通信網を利用するため、韓国はもちろん、米国・日本・ヨーロッパなど全世界と通話可能だ。
そこで北朝鮮当局は、3-4年前からドイツ製や中国製の無線電話探知機を導入し、車に積んで走らせ、携帯電話の信号を追跡、場合によっては通話の内容まで録音し、通話している人物を取り締まっている。このため脱北者の家族は、携帯電話の信号が十分に捕捉できる野山に行き、こっそりと通話した後、電話機のスイッチを切って素早くその場所を離れる-という方法で取り締まりを逃れている。中国の携帯電話で通話し摘発されれば、150万ウォン(旧貨幣基準)の罰金が科せられ、特に韓国や米国にいる人との通話が発覚した場合、「敵線」に分類され、政治犯として処罰される。
■「テレビ放送、笑わせるな」
「2003年、テレビで順川ビナロン(北朝鮮が命名した合成繊維)工場を紹介し、“この工場さえ稼働すれば、中国よりいい暮らしができる”と持ち上げて宣伝したが、工場の技術陣は成功できず、すぐに工場を閉鎖した」
「ある漁場に金総書記が視察に来ることになったため、漁場の幹部らがよそから何台ものトラックに魚を積んで来て放した。だが金総書記が帰るや、魚を捕まえて再び運んでいった」
中国にいる脱北者や対北事業家らは、北朝鮮当局がテレビを通じて宣伝する国営企業の生産現場は、ほとんどが「ショー」に過ぎないと語る。多くの国営企業がうまく回っていないため、逆に稼働しているように見せ掛け、ほかの地域の生産を督励しているというわけだ。ある事業家は、「会寧の製紙工場も、資財やエネルギーがなく、稼働できない状態だ」と語った。
このため、政府機関や国営企業の幹部らが会社の名義を利用して貿易を行ったり、商売をしながら個別に生計を立てており、この過程で脱税や腐敗がはびこっている、と対北関係者らは口をそろえた。
ある事業家は、「最も大きな事業体が北朝鮮人民軍だが、彼らは農産物・工業製品だけでなく、ひどいときには麻薬すら取引している。韓国から食糧支援を受けると一番最初に軍隊に支給されるが、配給量が余りに不足しているため、各部隊が自ら金を稼いで解決するしかない」と語った。
ある脱北者は、「テレビでは“民間人のものならば、コメ一粒も手に取らない主体軍隊”の清廉さを強調しているが、実際には軍人が民間人の食料や物品を盗み、軍隊を“強盗”あるいは“トップ”と呼んでいる。住民の間では、軍隊に対する恨みの声が極めて高い」と話した。
無料教育を誇る北朝鮮の学校に学費はないが、「経済資金」「ちびっ子資金」などの名目で生徒から雑費を徴収し、一部を教師が着服しているという。「経済資金」とは、国家の大型工事に必要な装備購入費などを指し、「ちびっ子資金」とは、冬に軍人に送るウサギの毛などを子供たちが買って送ることを指す。
学用品も、生徒たちが市場で高い中国産を買って使わなければならない。その上、農村や地方都市の学校では給食がなく、授業もきちんと行われないという。ある脱北者は、「学校は、形式的には開校されるが、教師らは“食べるものがないから家に帰り、卒業のときにまた来なさい”と言っていた」と語った。
■人糞まで盗む住民たち
南北関係の悪化で韓国の肥料支援が途絶えると、北朝鮮政府は人糞を肥料として使用するため、職場ごとに「人糞回収運動」を展開している。しかし、12月に北朝鮮を訪問したある対北事業家は、「人糞不足が住民らのネックになっている」と語った。
咸鏡北道の国境都市に親類が住んでいるこの事業家によると、当局が無条件に断行する人糞回収に対し、北朝鮮の住民は「食べられなければ出るものも出ない」と反発しており、ひどいときには「人糞泥棒」まで出るという。この事業家の親類のめいは、家のトイレの人糞が足りず、公共トイレから人糞を盗んだという。両親が人民班長を呼び、食事(めん類)をもてなしている間に、公共トイレの人糞をこっそりと桶にくんで盗んだのだ。
北朝鮮の住民は、「集合住宅の公共トイレを見れば、中国人が来たかどうかすぐに分かる。中国人の大便は黄色く、つやがあるが、北朝鮮の住民のものは青黒く、死人の色をしている」と話している、とこの事業家は伝えた。(朝鮮日報)
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5043 下からの抵抗、北朝鮮に急変事態か 古沢襄

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