5054 「ライシャワー発言」の真相 古森義久

朝日新聞が虚偽を報じる「ライシャワー核持ち込み」発言について、その最初の報道にあたった当事者側として、新たな記事を紹介します。
私はちょうどいま産経新聞で「体験的日米同盟考」という連載を始めており、2月22日掲載のその第2回もライシャワー氏の例の発言を取り上げました。そこではライシャワー氏にインタビューした当事者として、まず毎日新聞が発言の全容を詳しく報道し、朝日新聞を含む他のメディアはその報道を知って、ライシャワー氏に取材し、同氏が共同の記者会見を開いて、当初の発言を繰り返し、確認したという「真実」の経緯を改めて述べています。
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【安保改定から半世紀 体験的日米同盟考】(2)「ライシャワー発言」への反応
■日本は「外交フィクション」にした
エドウィン・ライシャワー元駐日米国大使が日本政府の非核三原則の虚構を明かす発言を報じた後の私はカーネギー国際平和財団の研究員の立場に戻った。毎日新聞の同僚や先輩たちが「ライシャワー発言」報道を続けるのをニューヨークやワシントンからみつめることとなった。
ライシャワー氏はその後、日本のメディアとの会見で私に述べたこととまったく同じ内容の「虚構のメカニズム」を明らかにしていた。
だから同氏の発言は単なるスクープ報道という域を超えて、「元大使による暴露」として定着し、国会での論議の対象ともなった。
おなじみの陰謀説もすぐ登場した。
米側でのこの種の劇的な事態の展開に対して日本側で必ず出てくる「真相はこうなのだ」という即席の断定である。京都の竹林の豪邸に座した日本の文化人が「ブッシュがフセイン政権を攻撃したのはひとえにイラクの石油を狙ったからです」と水晶玉のご託宣を告げるような症候群は1981年初夏にももう存在した。
最初に出たのは「ライシャワー氏はレーガン政権と共謀し、日本の核アレルギーをなくし、米国主導の軍拡に同調させるためにこの発言をしたのだ」という説だった。
この説に従えば、私は米国の策謀にうまく利用された無知な記者となる。
しかし現実にはレーガン政権はライシャワー氏にも私たちの報道にも怒っていた。それまでの接触では笑顔を絶やさなかった国防総省の日本担当の係官はたじろがされるほど険しい語気で私に告げたものだった。
「この報道で私たちがどれほど損害をこうむったことか。せっかく軌道に乗りかけた日米防衛協力が大幅に後退です。できることなら、あなたをペンタゴン出入り禁止にしたいところです」
時の国務長官アレグザンダー・ヘイグ氏がライシャワー氏を守秘義務違反で刑事訴追することを検討しているという米側の報道も流れた。
そもそも民主党リベラルのライシャワー氏と共和党保守のレーガン政権との共謀ということは考えられなかった。そのうえに同氏自身、インタビューで私がなにを質問するか、なにも知らなかったのだ。
米国政府は公式にはライシャワー発言の真偽については「ノーコメント」を通した。日本政府の立場や日米安保関係の保持を考えれば、ほかに対応の方法はなかったのだろう。
ライシャワー氏の身近にいた元の弟子や部下たちには私を非難する向きもあった。
ハーバード大学での弟子のエズラ・ボーゲル同大教授や大使時代の補佐官だったジョージ・パッカード氏(後に国際大学学長)は引退したばかりで、くつろいだライシャワー氏を私が巧妙に誘導し、問題発言をさせたとして批判を表明しているという話を聞いた。
だが当のライシャワー氏が一貫して「古森記者のインタビューは公正だった」と述べてくれたことが救いだった。しかし日本の政府はライシャワー発言をみごとに否定した。
時の鈴木善幸首相や園田直外相は「米軍の核兵器搭載艦の寄港や領海通過は日米の事前協議の対象となるが、米側からの協議の申し入れはないから、核の『持ち込み』(寄港・通過)はない」という趣旨を繰り返した。
官房長官だった宮沢喜一氏にいたっては「ライシャワー氏は一市民であり、もう高齢だから」とまで語っていた。だが米国のメディアは一様にライシャワー発言が真実を明かしたという立場で報道していた。
主要新聞は私たちの報道を事実として扱い、日本政府の対応を「外交上のフィクション」と断じていた。なかでも印象に残ったのは『アジア・ウィーク』というニュース週刊誌の特集記事の冒頭だった。
日本側の態度を『戦艦大和ノ最期』の著者の吉田満氏が別の自書『戦中派の死生観』で述べた次のような言葉の引用で批判していたのだ。
「第二次大戦に近づく日本に最も欠けていたのは、現実を直視し、自国をもっと幅広い視野でみる能力、そしてそうした方法で政策を作るという勇気だった」戦後の日本も同じだというのだ。
この言葉は29年後のいま日米同盟を考えるにあたっても、なおずしりと重く迫ってくるようである。(ワシントン 古森義久)
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