5094 掲載拒否された医師批判原稿 石岡荘十

医療関係者の多くを読者に持つメールマガジン「MRIC」が、国立がんセンター初代理事長に決まった医師を軽く批判した拙稿の掲載を、見送ると連絡してきた。
問題の拙稿は、今年4月、国立がんセンターが独立行政法人へ移行する行政改革に伴って、初代理事長に着任することが決まった嘉山孝正・山形大学医学部長は、「コミュニケーション能力に欠けるのではないか」という懸念を表明したものだ。
http://www.melma.com/backnumber_108241_4773484/ 「癌センター初代理事長への懸念」(「頂門に一針」2/24 1828号)
原稿は「頂門に一針」への送稿の後、毎日愛読しているMRICへも送った。これを受けて編集長から、<頂門の一針ですね。適切な意見だと思います。配信考えます。嘉山先生サイドの言い分も引き出したいので、少し調整させて貰えませんか?>というメールが送られてきた(2/23)。
掲載されるものと期待し、<扱いはお任せします>と返信した。ところが今月25日、<編集部で議論しましたが、今回の原稿は配信しないことになりました。いつも御世話になっているのに申し訳ありません。またの、ご寄稿をお待ちしています>と丁寧ではあるが、最初のメールから一転、掲載見送りの連絡であった。
MRICに原稿を送ったのはじつはこれが初めてではない。本メルマガでは、今月4日に掲載された、「耐えられるか、幹事長の心臓」がMRICからも同じ日に、送稿から間をおかず、快く発信された経緯がある。
http://medg.jp/mt/2010/02/
そこで今回も医療業界に関連するテーマだったので原稿を送ったところ、上記のような結論となってしまったのである。この扱いの違いの理由はどこからくるのか、MRICの編集会議でどのような議論があったのかは書かれていなかった。
MRICは、2006年創刊。発行は「医療ガバナンス学会」で、東京大学医科学研究所の上昌広特任准教授が編集長を務め、医療問題を扱った170本以上の記事をこれまでに発信している。論調は政府医療行政に対して批判的なものが多く、医療改革を目指す建設的な提案も少なくない。
上准教授は、新型インフルエンザ騒ぎの最中、民放テレビなどにも出演し厚労省政策、医系技官の有り様などについても厳しく批判している。いま売り出し中の研究者である。政府の新型インフルエンザ対策を代弁する学者については、「御用学者」と切って捨てている。
がんセンターの初代理事長に決まった嘉山氏とは、同じ「革新的」な考え方を共有しているようだ。昨年9月「新型インフルエンザから国民を守る会」が出した「政府対策の見直しに関する提言」のワーキンググループには、舛添厚労相時代に大臣のアドバイザーだった土屋了介国立がんセンター中央病院・院長、MRIC理事長である久住英二・ナビタスクリニック立川・院長らとともに、嘉山氏、上准教授も名を連ねている。
という状況を考え合わせると、私の原稿はいわば上編集長の“身内”をやんわりとではあるが、批判していることになる。編集長としては、先輩格の同業医師の批判記事を掲載しにくいかも、とはじめから懸念していたが、案の定だった。原稿の内容を<頂門の一針、適切な意見>と評価しながらも、<嘉山先生サイドの言い分も引き出したいので—>と気を使った編集長の苦悶も理解できる。
医療の業界では「カネも出すが口も出す日本医師会」が、主に「開業医の利益集団に過ぎない」と批判されるのに対して、「勤務医は発言しない」とよく言われる。つい先だって、たまたま心臓手術後の定期健診で担当の医師(勤務医)が「MRICであなたの原稿を読みました」という。
そんなこともあって、MRICの論調が勤務医の厳しい勤務実態を含めた医療改革に果たす役割は大きいと期待していたのだが、この展望はどうも楽観的過ぎたようだ。業界向けメーマガジンには政府の批判はしても「身内の悪口はいわない、批判は受け付けない」という一線、38度線が厳然として存在するらしい。
私も心臓手術を経験したが、医療についてはズブの素人だ。ほとんどの患者もまた素人である。でも、そんなレベルの意見も尊重し発信する判断基準、難しい医療を患者に説明するコミュニケーション能力が医療のプロに求められているのではないのか。
医療は、患者に説明してまず安心感を与え、医師と患者間の相互信頼を築くところから始まると私は思っている。批判には耳を貸さない、業界の独りよがりではガバナンスを疑わせることにならないか。“身内”が直言しなければ、「王様の耳はロバの耳」になるのではないかと懸念する。
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