5189 敵と味方を逆転させる日本の防衛認識 古森義久

日本のマスコミのライシャワー発言への反応がアメリカ側の核戦略の危険や脅威だけを大々的に取り上げ、そのアメリカの核体制の原因となるソ連の核兵器の脅威にはなにも触れていないという現象を取り上げました。
アメリカの核はそもそも日本を守る側の味方の抑止力なのに、それをまず危険視する。そして日本にとっては敵の側のソ連の核兵器の脅威は無視してします。敵味方の転倒です。
■ソ連の核の脅威語らず
1981年5月以降、「ライシャワー発言」の波紋が日本側で広がるのを米国から眺めるうちに、その反響にはひとつ大きな欠落があることに気づいた。
その後も長いこと続いていく奇妙な現象だった。日本の全国紙を中心とするメディアは「米国の核戦略」や「米国の核兵器持ち込み」をもっぱら詳述した。
米軍の核兵器が日本の領海や港にひそかに持ち込まれていたことを日本政府が隠してきたのはけしからん、とする論調が主体だった。
「日本領海や近海をわがもの顔に航行する米軍艦艇」とか「米国の核戦略に巻き込まれる日本の危機」という論旨の批判が多かった。米国の核兵器は日本にとって危険だとする基調なのである。
ところが、日本のメディアの山のような報道や論評には米国に日本周辺での核抑止の態勢をとらせる原因の説明がなかった。当時の東西冷戦下、そもそも米国の核戦略を必要にさせたソ連の核戦略への言及や記述がまったくないのだった。
日本の領海や近海を核兵器を装備して、わがもの顔に航行するソ連の艦艇には、なにも触れないのだ。そこだけがすっぽりと抜けた穴のようなのである。
原因を書かずに、結果だけを「けしからん」「危険だ」と非難しているのだった。当時のソ連は核戦力を大幅に強化していた。東アジア向けにも中距離核ミサイルのSS20を増強していた。核兵器搭載の戦略爆撃機、バックファイアの配備も増していた。北方領土の色丹島にも軍事基地を新設した。アフガニスタンに全面的に軍事侵攻し、グローバルに勢力圏を広げていた。
米国はそんなソ連の脅威に対応して抑止のために日本周辺にも核兵器を配備し、ときには日本領海にも持ち込んでいたことは明白だった。いわば2人の巨人がともに完全武装で力をこめ、構え合っていたのだ。
だが、日本のメディアはそのうち一方に光を当てるだけだったから、単独の巨人が丸腰の子供や高齢者に向かってナイフやピストルを構えるという図になってしまう。
現実にはその向こうにもうひとりの恐ろしい巨人が武装して立っているのだ。30年近く前のこの偏った構図は、いまの鳩山政権の日本の防衛への姿勢をつい思わせる。
米軍の基地のあり方について日本国内の事情だけを論じ、そもそも米軍の抑止力を必要とする外的な要因にはまず触れることがないという態度である。
ライシャワー発言後の日本側の現実の大きなテストは、米海軍の空母ミッドウェーの横須賀入港だった。この空母は同発言の報道から2週間余の81年6月5日にインド洋などでのパトロールを終えて帰港することになった。同空母にはA6、A7という核装備可能な艦載機が乗っていたから、当然、核持ち込みの疑惑が指摘された。
メディアは「米空母、“核疑惑”乗せて、横須賀へ」と大々的に報じ、自社の飛行機を飛ばして、日本へのミッドウェーの接近を「敵艦、見ゆ」の調子で知らせていた。
社会党や総評が横須賀で「核持ち込み反対」の一大デモを計画した。10万人の抗議集会が予告された。日本国民はライシャワー発言で核持ち込みには激怒しているはずだから、熱のこもった大集会が予測された。
だが当日、集まったのはなんと4千人ほど,気勢もあがらない集会に終わった。
自民党主体の歓迎委員会がミッドウェー乗組員に贈ったビールが1千ダースだったから、歓迎ビールの本数がデモ参加者を3倍も上回った。
防衛問題でのメディアの基調と国民の認識とのギャップの例証だった。その直後の読売新聞の世論調査では「核の寄港や領海通過は認めてもよい」と答えた人が44%で、「認めない」という人が41%という結果が出た。
朝日新聞の同様の調査でも43%対47%という数字だった。なんと米軍の核持ち込みに賛成という日本国民がかなりの数、存在したのである。核抑止としての核の必要性を日本国民の意外に多くが実は認める。
「核アレルギー」に虚実がある。そんな実態を私が当時、所属していたカーネギー国際平和財団での研究の一環として英語でまとめると、ニューヨーク・タイムズが寄稿論文として掲載してくれた。(ワシントン 古森義久)
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