イラクからアフガニスタンへの兵站移動作戦。この大規模な武器、食糧、兵力の輸送は第二次世界大戦に匹敵する。
▲カンダハルはアレキサンダー以来の古都
アフガニスタンにおける対テロ戦争はいわゆる「カンダハル決戦」を間近に控え、現場は戦雲と異様な緊張が漂う。カンダハルといえば、紀元前四世紀、アレキサンダー大王が築いた歴史的由緒正しい都。砂漠のオアシスとしても栄えてきた。
現在のカンダハルはタリバンの拠点、アフガニスタン第三の都市、ここに繋がる道は西のイランから、南のパキスタンから。そして首都カブールから(そのカブールには北のウズベキスタン、タジキスタン。東にはカイバル峠から繋がる)。
米軍はようやく解決の目処がたったイラクから三万前後の兵力をアフガニスタンへ移動させる。
二〇一〇月四月現在、アフガニスタンの米兵は十万余、イラクに九万八千。これが一年以内にはアフガニスタンに十三万、イラク五万となる。いずれにせよイランを軍事的には挟み撃ちの陣形になる。
古来、兵站の移動は戦争継続の基礎、日本の武将のなかでも兵站に優れていたのは秀吉。鳥取城兵糧攻め、三木城干し殺し、備前高松城水攻めなどあるが、決定打は小田原城包囲作戦だ。海と陸と山の四方八方を囲んで半年、名門北条家を滅ぼした。
オバマ米大統領がアフガニスタンへ三万の増派を決めたのが二〇〇九年十二月。これまでに新規六千人が現地入りした。
イラクからの撤兵開始は二〇一〇年七月から始まる。
このパズルの鍵は何処にあるか?どれほどの荷物の移動が必要かと言えばコンテナ専用船で実に八〇隻! シャワー、兵舎機材、建設資材一式が積み込まれる。アフガニスタンには罌粟栽培以外の産業がなく、建設資材もセメントもない。現地で調達が可能な品物が極端にないからである。
第一のルート。イラク戦争目的だった兵站基地はトルコに置かれた。トルコはNATO加盟国。まだ多くの兵站荷物(燃料、武器、弾薬、建築資材、セメント、ブルドーザなど)がトルコに集荷されており、これらをアゼルバイジャン、グルジアを経由してカスピ海を渡りシベリア鉄道でカザフスタンからウズベキスタンを通過させ、アフガニスタン北部へ運搬するロシア通過ルートがある。
のべ輸送距離は三千七百キロ、輸送時間は二ヶ月半。しかも米兵三万がアフガン入りする前に現地に荷物は着いていなければならない。だからオバマのアフガニスタン増派は円滑にいっても五ヶ月の時間が必要なのだ。
この膨大な兵站支援作戦は第二次大戦以来、おそらく最大の規模となる。
「狂気の進軍」(MARCH MADNESS)と命名された理由はアフガニスタンの戦闘現場をいくつも通過し、自爆テロから兵站ルートを守り、戦線の後方陣地を構築し兵舎を建造し、リクリエーション施設を建築し、息抜きのゲームマシン、スポーツジムまで付帯させる。これらを支援するのが旧ブラックウォーターなど戦争請負企業である。
▲アレキサンダー大王もカイバル峠を越えた
第二のルートはカイバル峠。このルートは中東クエートからパキスタンのカラチに陸揚げされる荷物をパキスタン国内の自爆テロ、ゲリラの襲撃から守りペシャワールまで北上させてカイバル峠を越える。アフガニスタンへ入っても、峻険な山岳地帯にはゲリラが待ち伏せしてタンクローリーや貨物トラックが被害に遭うことが多く、いまはコンボイを組んで各車両にGPS装置を搭載させている。
09年にタリバンは通過地点の橋梁を破壊したため輸送トラック部隊は相当期間足止めされる事件も起きた。このパキスタンルートへの搬出基地のひとつがイラクで不要となったトラックや装甲車などを集荷しているクエートにある。「戦車から珈琲まで荷物は三百万品目」がクエートに集荷されカラチへの船を待っている。
▲君はハンニバルを知っているか?
さらに食糧である。兵站の基層を占める。現地調達といっても戦場は食糧不足、羊肉をアメリカ兵は好まない。「ハンバーガー消費は毎月百十万個に及ぶ。十四万余の兵員が毎日三色食べ、水も飲む。コーラとジュース、酒も必要。これに答えるには専門の食糧調理兵站部隊が必要であり、デフェンス・ロジスティック・エージェンシーという会社が主契約業者。毎月、二千七百万ガロンの燃料も運び込む」(ヘラルドトリビューン、4月2日付け)。
戦闘の基本は武器、食糧、燃料であり、これらを作戦の展開に副ってタイミング良く運ぶのは至難の業。アレキサンダーやハンニバルの兵站役はちょっとでも遅れた場合、兵士に食べられてしまったという残酷な逸話が残るように。
ハンニバルは象部隊を組織してアルプスを越えローマに迫った。このカルタゴの英雄は、しかし防衛努力よりカネといった商業主義の陥穽におちたカルタゴの買弁政治家の邪魔になり、フェニキアに追放されたあげくローマの刺客に毒殺される(この状況、いまの日本の政治と酷似する)。
空からの輸送はアフガニスタンで使用できる空港がバグラム空軍基地しかないため爆撃機、偵察・戦闘機、ヘリ、ドローン(無人攻撃機)などの輸送は待機中となっている。ヘリは現在十四ある多国籍軍の基地に分散配置され、各地へ自由に移動できるが、ドローンは隠し場所の確保が大変なためパキスタン国境が多いらしい。
問題は戦闘車両、武器、戦車など死活的な武器の輸送であり、襲撃されて敵に奪取されないために空輸が原則だ。この兵站輸送の確保がどれほど重要な作業であるか、担当者らがしばし「ハンニバル」に喩える理由も、よく了解できるだろう。
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