こんなに間の抜けた話はめったに聞いたことがない。インドネシア、フィリピン両国から来日して研修中の看護師候補者三百六十人のうち、先日の看護師国家試験を約七割の二百五十四人が受験したが、合格したのはたったの三人だった。
滞日期間は三年、このままではほとんどが否応なく帰国を強いられる。看護師不足のなか、せっかくの〈貴重な卵〉が大量に去っていくのだ。
インドネシア、フィリピン両国政府は日本側の理不尽と配慮のなさに驚き、憤慨するだろう。対日感情が損なわれるのは間違いない。看護師の受け入れを期待していた病院、患者側も困る。
「いのちを守りたい」とアピールしてきた鳩山由紀夫首相、長妻昭厚生労働相と岡田克也外相ら政治家、担当の厚生労働省の役人たちは、一体どちらを向いて、何を尺度に仕事をしているのか。
具体例を引いたほうがわかりやすい。『読売新聞』静岡版(三月二十五日付)が伝えたところによると、静岡赤十字病院が昨年十一月から看護師候補として受け入れたフィリピン女性、パロ・ベロニカ・デュライさん(三十三歳)はフィリピンの看護大学を卒業し、新生児集中治療室を担当した経験がある。
「日本語のコミュニケーションが大変です。特に漢字が難しい」と嘆きながら国家資格の取得をめざして準備し、日常的には看護助手として、入院患者の血圧測定や体ふき、シーツの交換などを担当してきた。病院側も、
「日本語の会話、文章の読み書きはまだおぼつかないが、技術や知識は豊富だ。指示を理解すれば仕事は的確にこなす。何とか試験に合格させたい」(看護副部長の話)
と願っていたが、ベロニカさんは不合格になった。同じように十分役に立ちながら、試験に落ちた人が約二百五十人にのぼったことになる。
また、静岡市の特別養護老人ホーム〈小鹿苑〉は昨年秋からインドネシア人女性二人を介護福祉士として受け入れたが、二人とも大学で介護を学び、インドネシアの国家資格を持っている。ホーム側は、
「二人の介護技術は日本人と同等か、それ以上。ただ、日本語による試験問題の漢字にルビをふるなどの配慮がないと」と国家試験に不安げだ。
日本と両国の間では、経済連携協定(EPA)が結ばれており、看護師・介護福祉士候補者の受け入れもEPAにもとづいている。インドネシアは二〇〇八年八月から、フィリピンは〇九年五月から始まった。両国合わせて、看護約三百六十人、介護約四百八十人。
みんな国家資格を取って、日本で働く強い希望を持っている。ところが、看護師の場合、昨年二月の国家試験では八十二人が受けて全員不合格、今回(二月二十一日実施)は日本人の合格率が九割だったのに対し、EPAでの合格率は三人だけの一・二%という信じがたい結果が続いている。本気で受け入れる意思がないのではないか、と相手国に疑われても仕方ないのだ。
◇発想を大幅に転換して試験方法の抜本改革を
原因ははっきりしている。日本人と全く同じ試験問題が出されるため、日本語が壁になり、特に専門用語が難しいからだ。例えば、〈褥瘡(床ずれ)〉などという用語が登場するそうで、私なんかも手に負えない。その結果、日本人はほぼ全員が合格、EPAはほぼ全員が落第というばかげたことになったのだ。これでは国際的な笑いものではないか。
今年一月、インドネシアのマルティ・ナタレガワ外相は岡田外相との会談で、「漢字が難しい試験を改善してほしい」
と要望したという。厚労省は難解用語の言い換えなどの検討を始めたそうだが、その程度のことでは解決にならない。
発想の転換が必要である。日本側はできれば全員受け入れたい希望を持っているのだから、それをかなえられるような試験方法でなければならない。私は、インドネシア語とフィリピン語による試験に切り替えるべきだと思う。そうすれば、多分、ごく一部を除きほぼ全員合格するはずだ。
日本語の会話、読み書きは国家資格を取ったあとで、徐々に習得すればいい。日本語は難しいのだから、いまのやり方を少々改善したところで、針の穴を通すような〈狭き門〉の状態が続くのは明らかだ。頭の固い役所側が、
「生命にかかわる医療現場で仕事に携わるのだから、医師や患者らと意思疎通ができる日本語能力は不可欠。従って日本語による試験の原則は変えられない」
と反対するのはわかっている。しかし、それなら、EPAによる受け入れは最初からやるべきでなかった。頭を柔らかくして考えてもらわないと困る。
意思疎通の方法は完璧な日本語だけではない。片言でも十分できる。多少の不安は伴うかもしれないが、それを補うのは、医師、患者の側だ。外国人の看護師・介護福祉士の助けを借りて一緒にやろうという熱意、信頼、それから工夫もいる。
医療現場ではないが、以前、大型客船で船旅した時を思い起こす。部屋の面倒を見るスタッフは全員若いフィリピン女性だった。片言の日本語しか使えなかったが、愛嬌があり、やさしく、気配りよく、仕事の仕上がりも申し分ない。近ごろの若い日本女性より、接していて気持ちよく、有能に思えた。医療、介護という何よりもやさしさが求められる職場に向いている。そういうことを、お役人は十分わきまえているのだろうか。
とにかく、第一陣で来日した九十八人は、ラスト・チャンスである来年の国家試験に失敗すれば、大量帰国するハメになる。日本で三年間も働きながら、それが生かされない。相手国はプライドを傷つけられるだろう。
いろいろ打つ手はある。とりあえず、在留期間を延長するとか、受験回数を増やすとか、日本語教育の支援、そして最終的には試験方法の抜本改革、しっかり頼みますよ、鳩山さん。(サンデー毎日)
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5334 たった三人合格、間の抜けた話 岩見隆夫

コメント
これって、自民政権(小泉?)のとき始めたように思います。
私は医療に関係する職業ですので、当初より愚策だと思っておりました。
当初の想定どおりに流れております。
こられた方々は、まじめな対日感情の良いアジアの国々の方ばかりです。
当初からわかっていても、皆さんどう思うでしょうね?
賃金は約束どおり「日本人の平均以下」ではなく支払われたのでしょうね。
キツイ・汚い仕事を嫌って、親に寄生、生活保護やフリーターや路上生活を選ぶ国民。仕事が無い金よこせと言うのが誇り高かった日本人の成れの果てですか?
彼らに恥ずかしい。
ワン太さんの言われる通りです。小泉政権下で、看護師の受け入れが決まったときから、こうなることは、医療関係者ならば、誰でも分かっていました。
しかし、当時の厚労省には、この問題を真剣に検討した様子はありませんでしたね。
日本語は、特殊な言語であり、外国人にとって日本語習得という壁は非常に厚いのです。それに加え、彼らへの処遇があまり良くないことも原因でしょうね。