5375 中国の「麻薬処刑」は仕方がない 岩見隆夫

ニュースバリューの感じ方は人さまざまである。新聞で一面トップのニュースになったからといって、だれもがその日最大の関心を寄せるとは限らない。当たり前のことだ。
最近では、中国の毒ギョーザ事件で犯人拘束、水俣病の和解合意、小学教科書ゆとり決別、平沼新党、山崎直子さん宇宙へ、名張毒ブドウ酒事件再審判断差し戻し、などがトップ記事になった。いずれも大きなニュースに違いないが、ある程度想定内のものもある。意外性ではギョーザと名張だろう。
ことに名張の事件は四十九年前、事件発生と同時に現場に応援取材に駆けつけたので、驚いた。再審請求が繰り返されていたのを知らないまま、事件のこともすっかり忘れていたのだ。事件記者OBとして、褒められたことではなく、反省しきりである。
トップ記事にはならなかったが、中国で麻薬密輸罪に問われ死刑が確定していた日本人四人の一括死刑執行のニュースは刺激的だった。おかしいとは思わない。死刑囚への同情もないが、不快極まりない。二つの点で関心を持った。なぜこの時期に一括処刑なのか。もう一つは、日本政府の反応である。
麻薬密輸に死刑は重すぎると感じるとすれば、それは日本人の感覚でしかない。どんな犯罪を死刑にするかは当然国によって違う。〈死刑大国〉と言われる中国では、死刑にできる罪名が六十九もあるそうで、そのうち殺人などの暴力にからむ罪は十ほどしかなく、あとは経済犯、薬物犯、収賄、横領、脱税など多岐にわたっている。
特に中国は、日本とひとケタ違う人口を統治するのに、厳罰主義で臨まなければならないお国柄なのだ。日本では、国会論議で野党が首相をつかまえ、
「あなたは平成の脱税王」などと気楽に言っている。本当に脱税王なら中国では死刑になるところだ。
最初に処刑された赤野光信死刑囚は二〇〇六年九月、遼寧省大連市の国際空港ロビーで捕まり、手荷物の中から覚醒剤約二・五キロが押収された。四月に大阪から大連入りして以来マークされていたらしく、北朝鮮に近い遼寧省丹東市まで足を延ばし、仕入れていたことが確認されている。札つきの仲介業者だ。
だから、中国では五十グラム以上の密輸で死刑になる可能性があることを赤野らは当然知っていたはず。そんな危ない橋を渡るほど儲けの多い麻薬ビジネスということだろうが、もし中国が摘発してくれなければ、密輸による被害を受けるのは日本国民だったことを忘れてはならない。
中国の刑法が麻薬犯罪に厳しいもう一つの理由に、〈国辱の歴史〉とされている一九世紀のアヘン戦争がある。当時の清朝はアヘンの流行を機にイギリスに敗れ、香港を割譲、以後半植民地化の道をたどったからだ。
◇摘発なく密輸されれば被害を受けていた日本
今回、中国最高人民法院(日本の最高裁)が死刑執行を一挙に許可したのは、そうした国情からくる背景と別に、麻薬犯罪がこのところ急増していることへの危機感があったといわれ、日本人四人だけでなく中国人八人の処刑も含まれている。日本人だけ一括、と受け取られているとすれば間違いだ。
中国の国家薬物禁止委員会の報告によると、二〇〇九年に摘発された麻薬犯罪は七万七千件、九万一千人で前年より二四%増、押収したヘロイン五・八トンで三四%増、覚醒剤六・六トン、大麻八・七トン、摘発をまぬがれているのはさらに数倍にのぼるという。中国が〈国家のがん〉とみて、これまで以上に国をあげて徹底取り締まりに乗り出すのはもっともなことだ。
とはいえ、日本人の死刑執行は一九七二年の日中国交正常化以降、はじめてである。日本では昨年七月、日本で同居していた中国人三人を殺害した中国人死刑囚を処刑したが、事前に中国側に通告していない。
一括処刑で中国側が事前通告してきたのは、日本の世論を配慮したともいえるが、同時に日本への麻薬密輸が相つぎ、日本が麻薬の一大消費地になっていることへの警鐘の意味合いも大きい。そこを見誤ってはいけない。
ところで、日本政府の対応だが、岡田克也外相は、駐日中国大使を呼んで懸念を伝え、記者団に、「日本人の感覚からすると、かなり違和感がある。だが、それぞれの国に司法制度があり、死刑について中止してくださいと正面から言うわけにはいかない。果たして適正な手続きが取られているのかという声が世論の中にある」
と述べた。処刑の中止を求めたいような口ぶりだが、世論の批判があると思い込んでの迎合的な対応ではないか。毒ギョーザ事件の処理では、一種のうさん臭さがあったが、麻薬犯罪は別次元と思われる。
また、鳩山由紀夫首相も、「残念だが、内政干渉的なことを言うべきではない。日本人の通常の感情からすれば、厳しすぎるんじゃないかという思いは当然ある。日中関係に亀裂が入らないよう努力する」
と不安げだ。しかし、死刑廃止論者を別にすれば、麻薬犯罪に対する中国の厳罰主義がおかしいという批判の声はほとんど聞かれない。
日本では、二・五キロくらいの覚醒剤密輸の場合、上限は無期懲役、通常七、八年から十年程度の量刑になる。死刑との差は確かに大きい。だが、国の違いだから仕方ない、と世間も平静に理解しているのだろう。
首相と外相が日本世論の反発を前提にしたような発言をしたのは、それこそ違和感があり、残念だった。
中国外務省の、「日本側が理性的に受け止めることを望む。薬物犯罪は重大で、危害は極めて深刻だ。死刑の適用はその予防に有効だ」
というコメントのほうに、今回は説得力がある。中国の大国主義的な言動にはしばしば反発を感じてきたが、今回は違う。
鳩山首相らは、死刑執行に不満を述べる前に、日本に向けて麻薬密輸が増えていることをリーダーとして恥じ、警告を発するべきだった。(サンデー毎日)
   
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