5516 夢遊病者の沖縄訪問と対日工作基地 西村眞悟

昨日、鳩山総理が沖縄に行った。そして、要約すれば「実は、今まで何も考えていなかった。しかし、考えてみれば、以前私が言っていたことは実現不可能なことでした」と言ったのである。
これで、この人物とそれを総理にした民主党の迷走のからくりが分かった。つまり、何も考えてなかったのだ!その結果、我が国の国際的信用を失墜させ続けてきた。
鳩山氏は、普天間基地の県外や国外移設を選挙前に沖縄で公言したが、それは、票を集めるために、我が国の国防と安全保障を考えていなかった結果であるということを、昨日、認めたといえる。ということは、我が国は、8ヶ月間、国政の最重要課題である国防を考えない者を総理大臣にしてきたことになる。
このような、欠陥、欠落のかたまりをつかまされていたと分かった以上、次の措置は、この欠陥者を取り外すことだ。その時、この欠陥者を作り、売り込んだ政党からの部品調達は、同じ欠陥を拡大することになる。これは、自動車メイカーのみならず、危機管理の基本中の基本ではないか。
「命を守りたい、命を守りたいのです」と言うだけで、如何にして国民の命を守るのかを「考えてこなかった」欠陥者に、一億国民の梶棒を握らせておけば、近い将来国民は命にかかわる大惨害を蒙る。ついでに言うが、鳩山氏が「考えてみた」というのならば、普天間基地問題だけではなく、東アジア共同体や外国人参政権問題も夫婦別姓も不可と判断できると思うが、どうだ。
児童手当も、このばらまきは我が国の将来に何をもたらすか、今からでも遅くはないから考えていただきたい。ところで、坊主憎くけりゃ袈裟まで憎い、ではないが、昨日の沖縄での彼の服装は何だ。着の身着のままで仕事しろと言いたい。此の期に及んで、まだ服装で媚びようとしているのか。
彼は、ことあるごとに「沖縄の痛み」などと言っているが、昭和二十年の沖縄戦は、三月二十六日から六月二十三日まで続いていたことは知らないのか。首里陥落が五月末だから、昨日五月四日は、首里攻防戦の真っ最中だ。
日本が勝っておれば、沖縄にアメリカ軍基地はない。日本が敗北したからアメリカ軍基地がある。この歴史を振り返れば無念である。鳩山氏が、我が国の国防を初めて考えて、沖縄にアメリカ軍基地移設の課題で行ったのならば、この点に関する痛恨の思いを秘めて行くべきである。それを、あの服装は何だ。貴殿の軽薄は、服装に顕れていた。
 
私など、初めて沖縄に飛んだ際、大隅半島が視界から遠ざかり大海原がひろがったときから涙が出た。ああ、これから沖縄まで六百五十キロ、ここはかつて、たった一人で確実に死ぬ任務遂行のため零戦をかって敵空母を探して飛んでいった多くの若者、英霊が飛んだ空だと思ったからだ。いそいそと、何処で服を着替えるのかを考えていた彼には、この感慨はなかったであろう。
書き始めれば、だんだん憎たらしくなって、「坊主憎くけりゃ・・・」になってしまう。これで止めて肝心なことに入る。
五月三日、私は北海道の札幌にいた。ここで、憲法記念日に、現憲法は無効である旨、講演した。その講演の前に、札幌の雪祭りをする公園で街頭演説をしてほしいと言われてすることになった。
主宰者は、その街頭演説の場所を、「赤の広場」と言っていた。何故なら、北海道は左翼が強く、いつもその公園は左翼の街宣車に占領されるからだという。
その札幌の「赤の広場」で一発頼みますという訳だ。中川昭一さんを思い出し、大阪より遙かに涼しい風の中で街宣車の上に登った。
 
その北海道で、思いを巡らせる。ソビエトが崩壊して、クレムリンの秘密文書が明るみに出た。それによって、日本の赤化と北海道を狙うソビエトが、工作資金を北海道の左翼に提供していたことが明らかになった。
しかしどういう訳か、我が国のマスコミは、この事を重要問題として報道せず、国民は関心を持たないままうち過ぎて、このソビエト共産党からの資金で活動していた組織の者が、村山富市内閣の官房長官になった。
そのソビエト共産党からの活動資金が北海道の左翼・親ソ組織に流れていたとき。東京で、四年八ヶ月間、ソビエトKGBのスパイとして活動していたスタニスラ・アレクサンドロビッチ・レフチェンコ(当時三十八歳)という者がアメリカに亡命した(昭和五十四年十月)。
このレフチェンコは、アメリカ当局に全てを話た。そしてアメリカ政府は彼を「亡命者の中で最も重要な情報をもたらした人物」と評価した。
レフチェンコは、ソビエトは、対日工作を最も重視しており、日本をアメリカから引き離して親ソ化することを目的としていること、その為の工作活動として日本の政界、財界、官界、マスコミ界、学会に多くのエージェントを作ったこと、特に社会党と社会主義協会幹部の多くをエージェントとしたこと、彼らエージェントは、ソビエトに協力しているという意識なく協力したこと、よって、日本は「スパイ天国」であること、等証言した。
以上の通り、北海道を狙っていたソビエトは、北海道と東京で工作活動を繰り広げ、資金を提供して北海道の左翼活動を活性化させた。
また、同じ頃、欧州方面特に西ドイツで盛り上がりを見せていた「反核市民運動」は、実はソビエトの工作活動によって拡がっていた。このこともクレムリン秘密文書により明らかになったことである。
そして、この日本とドイツにおける一九七〇年代のソビエトの工作活動を観るとき、これこそ実に、一九三五年、昭和十年の国際共産主義運動・コミンテルン第七回大会における対日、対独工作活動指令そのものが、継続して実施されていたのだと思い至るのである。
さて、以上の北海道で起こったことを念頭において、遙か南の沖縄に目を転じよう。北海道を狙ったソビエト共産党の政権は潰れたが、同じように第七回コミンテルン大会の対日工作の指令を受けた中国共産党は、今なお健在で中華人民共和国を独裁支配している。
地理的にソビエトに一番近いのは千島・樺太の次に北海道で、中国共産党の国に一番近いのは沖縄である。そして、その中国共産党は、沖縄を狙っている。
しかも我が国には、未だスパイ防止法はなく、レフチェンコが言った「日本はスパイ天国」という状態は未だ続いている。
 
従って、かつて北海道を狙い日本全体を親ソ化するために繰り広げられていたソビエトの対日工作活動は、そっくりそのまま、現在、中国共産党によって引き継がれ行われている。
即ち、中国共産党は、沖縄を狙い、日本全体を親中つまり中国共産党の属国とするために、沖縄と東京で工作活動を展開している。
よって、沖縄の反基地集会の盛り上がり、鳩山内閣の迷走、マスコミが中共と沖縄の実態を報道しないこと、の背景には中国共産党のレフチェンコと同じ我が国の政界、財界、官界、マスコミ界、学会への工作活動がある。
内閣総理大臣になってしまった鳩山氏本人、百四十人以上の民主党国会議員を北京に連れて行った自称中国人民解放軍の司令官、そしてその背後に隠れた政権党内部にいる左翼職員は、中共の工作活動の成果である。
彼らは、レフチェンコの言う「協力しているという意識なく協力している」。完全に中共の工作活動に嵌った類である。
昨日、服を着替えることしか気が回らず、沖縄をうろうろしていたあの鳩、哀れではないか。アメリカがこの鳩に大統領を会わせようとしなかったのは、確かな情報に基づいた適切な判断だった。「考えていない」者とあっても時間の無駄で、かえって混乱する。
この鳩が我が国の総理大臣とは、と日本人は嘆き、中共はほくそ笑む。情けない、無念だ。しかしこれが、我々が生きてきた「戦後という時代」の当然の帰結である。
 
さらに沖縄の「反基地集会」は、かつてソビエトが、NATOに向けて実戦配備したソビエトのSS20という中距離核弾頭ミサイルに対抗して、パーシングⅡを導入しようとした西ドイツで仕掛けた「反核市民運動」と同じである。
この実態を、沖縄の基地のある街の市長選挙でも反基地集会でも、報道しないのは、マスコミ界に対する中共の工作の成果である。
鳩山氏が日本人であるならば、そして祖国の内外の厳しい状況を「考えてみた」のならば、既にある当初の日米合意案に基づいて措置する旨宣言した上で、「考えていなかった」八ヶ月の迷走を謝し潔く総理を辞任して混乱を収拾することである。
これが鳩山氏の初めての「総理大臣らしい仕事」だ。その際、鳩山氏は、「考えていなかった」党に群がってわいてきた議員には、次の総理を云々する資格と能力はないとして、与野党から離れて国家の基本と国防をまさに「考えてきた」平沼赳夫さんを、かつてのチャーチルが登場した時のように挙国一致内閣の首班にと指名すれば、鳩山氏の名は歴史に残る。
我が国は、イギリスでチャーチルが登場した時に匹敵する危機的情況にあるからである。
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コメント

  1. 和田  浩 より:

    西村さん よくぞいってくれました。久々の国を思う正論。拍手

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