5612 鳩山首相 ~ 戦後教育の失敗例 丸山公紀

14日産経紙の櫻井よしこ先生の連載の「鳩山首相に申す」のご文章は笑うには笑えない程の傑作であった。
鳩山首相の5月決着と表明しながら結局は断念せざるを得なくなるという言葉の軽さと優柔不断さ、鳩山一家が祖父の一郎氏、父の威一郎氏と国家や軍事には関心がなく、由紀夫氏にも当然、国家を守ろうとする気概を持つことができなかったこと、空想的な平和主義だけを語り、「いのちを守る」というこがどういうことであるのかイメージができなかったことこそ、戦後教育の失敗例であると指摘されていた。
戦後教育の失敗例であるということは、ある意味では首相個人の資質ではなく、戦後教育を受けた人々には全てそのような心性があるということで、鳩山首相だけを責めることはできないということだ。誰でも鳩山首相のようにふるまう可能性があるということだ。
ただし、ここからが問題で首相とは我が国を代表する役職であり、まずは国民の生活を守る義務があり、実際に守っている人々に対して、その使命を鼓舞することであり、国際的にも信頼される人物であること、そして「思い」だけでなく、実際に思いを断行して結果を出さなければならないものである。
とすれば、戦後教育を受けた鳩山氏であっても、その職の重さを感じなければならないのであろう。しかし、この御仁は本当に空想的に平和主義、決着とは全ての課題が解決することを意味せず、何時までたっても、最良の解答を求めながら、結局、何も求めることができなくとも、頑張っている姿を国民に見せれば納得されるものと思っているのである。
つまりは、戦後教育の失敗例であるものの、自分がとっている態度そのものが間違っていることすらわかっていないことに鳩山首相の不幸さがある。
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